「基本的信頼感が薄いと、『死にたい』という思いに襲われた時に“生”とつなぎとめている糸が切れやすくなるのです」
しかし、成長して作られる新たな家族や友人などに基本的信頼感を宿すことは可能だし、多くはそうなっていくという。
もちろん自殺は、いくつかの理由が複雑に絡み合った結果として至ってしまう行動であり、基本的信頼感だけで引き起こされる訳ではない。しかし、いよいよ死と対峙した時に、その人を「生」の世界に引き戻せる最大の力が、その人の持つ基本的信頼感であることは確かなようだ。
「死にたいという気持ちを自分の内面だけで処理し続けていると、その葛藤が頭痛や不眠などの身体症状として現れます。そしてその症状がいずれ抑うつ症状へと進んでいくのです。その点、家族や友人など“他者”に心の中のネガティブな思いを吐露すると、自分一人で処理していた葛藤が解放されるので、それまでの負担が大幅に解消されるのです」
ただ、すべての人が信頼できる人物をそばに置いているわけではない。いないからこそ孤独になり、その孤独が死への期待を増幅させることもあるだろう。
「家族や親友がいないなら、そんな人ほど医師を利用してほしい。精神科医や心療内科医は、まさにその役割を担うためにある職業なのです」
医師を頼るのが難しいなら、せめてこの記事の最後に書かれている「日本いのちの電話」に電話をかける、という手段が残されていることを覚えておいてほしい。
精神科医が勧める「本当に追い込まれたとき」にすべきこと
人が自ら命を絶とうとするとき、その人を支配する「判断力」は適正な状態ではない。おそらくは一時的にせよ「抑うつ状態」に陥り、判断力と思考力が低下し、自分を責める状況を作り出しているのだろう。
そもそも死を決意するほどのネガティブ思考に浸ってしまった人に、自力でポジティブ思考に転換しろということのほうが非現実的だし酷というものだ。
そこで丹羽医師は、「その時点で頭の中を巡っているネガティブな言葉を書き出す」という行為を勧める。
「本当に死ぬことを決意してしまったのであれば、たとえわずかでも思いとどまる可能性に賭けて、自分の思いを文字にして書き起こしてほしいのです。頭の中に飛び交うネガティブな言葉を書き連ね、それを自分で読み返してみてください。そうすることで、わずかでも自分自身を客観視することができれば、あなたがすべての事柄をマイナス思考で捉えていたことや、やりたかったのにまだやり残していることなどに意識を向けられる可能性があるのです。マイナス思考によって隠されていた“欲”を思い出すことで自殺を思いとどまった――という人の話を、過去に何人かの患者さんから聞いたことがあります」