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 上会社からいくらもらってるか、そんなこと知らないし、知りたくもない。電力は一人当たりの日当をいくら出してるんですか? 現場じゃ、8万円とか50万円とか、いろいろ言われてますけど、みんな普段の2割増しくらいでしょ。鳶でも、溶接でも、鍛冶屋でも、たぶんそんなもんです。社長には『いっぱい儲けてくれ』って言ってあるんです。俺の日当は3万円もあれば十分ですって、そう伝えて。でも、(爆発した直後の)何日かは、20万円も(日当を)くれた」

 ということは、おそらく、彼は金持ちになりたいという夢を叶えたのだろう。これまで何度質問しても、給料だけは教えてくれなかった。乗っている車も、年相応の地味な国産中古車なので、実収入が読み切れない。

 ある夕方、午後6時、佐藤はすっかりできあがっていた。1Fの原発作業員は朝が早い。一般的なサラリーマンが帰宅し始める頃は、もうとっくにできあがっている。

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 酔いが回った彼は「今月はなんだかんだで、母親に50万も仕送りしちゃった」と、自慢げな声で、ポーズだけの愚痴をこぼした。話したそうなタイミングに見えたので慎重に流れを読んで質問を重ねた。

「じゃあ、もうほとんど給料残ってないんでしょ?」

「まだまだいけます。あと倍はオッケーです」

 それから換算して、彼の月給は100万円越えだと推測し、こっちはもちろんウラをとった。などと書くとご大層だが、それは簡単な作業だった。佐藤が次のスナックで、財布に入っていた給料明細を見せてくれたのである。

※写真はイメージ ©️iStock.com

「うそー、マジ?」

 名古屋からいわき湯本に流れ着いたホステスは、金額をみて目の色を変えた。

「結婚しよう」

「いいよ。式はどこで挙げる?」

「ハワイにしようぜ!」

「ほんと、マジ?」

「でもいわきの、ね」

 いわきのハワイとは、湯本の観光のメッカだった『スパリゾートハワイアンズ』のことだ。映画『フラガール』の舞台ともなったここは、一見するとそう被害がないように見えるが、中に入ると壊滅的な状況を呈している。当時、急ピッチで新しいビルを建設中で、この頃、いわき湯本インターを降りると、巨大なクレーンが見えた。フクシマ50とホステスが、ともに本気だったとしても、二人の夢が叶うのは、物理的に2012年2月8日のグランドオープン後ということになる。もちろん、まだまだ1F事故は収束しない。新郎の休みが取れないので、夢の実現はさらに先だろう。

 それでも佐藤は十分に満足している。

「おじいちゃんとおばあちゃんが、近所に『うちの孫はフクシマ50だ』って自慢してるんだって聞いて、俺、すっごく嬉しくて」

 佐藤は世間が放射能におびえる中、幸せの絶頂にある。なんとも皮肉な話である。

ヤクザと原発福島第一潜入記 (文春文庫)

鈴木 智彦

文藝春秋

2014年6月10日 発売