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作り込んでいく純粋な高揚感があった

――たしかに『スパイの妻』も室内での会話劇が中心となっていますが、一方で、実際に映画を見てみると、いろいろな場所を移動しながら様々な出来事が起こっている、という感覚が強くありました。

黒沢 そこが僕の苦労したところだったんです。脚本の狙いはわかるとはいえ、一箇所や二箇所の室内でただ喋っているだけではね、と。せっかくこの時代を扱うんだから、可能なかぎり、ある広がりを出したいと思っていました。人がどこかへ行く道すがらの街とか、当時を思わせる風俗とか、派手な戦闘シーンは無理だとしても、社会状況が主人公の背景に垣間見えるような何かを映したいと。まあそれを実現するのは本当に大変だったんですが。

©2020 NHK, NEP, Incline, C&I

――室内でもいろいろな場所が出てきますよね。旧グッゲンハイム邸を主人公夫婦の住む屋敷として使われたそうですが、それ以外にも、憲兵の分隊所ですとか、当時のまま残っているところを探し出していったんでしょうか。

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黒沢 そうですね。ただ実際に探してみると、当時のまま残っているところはほぼないと言っていいことがわかりました。戦後すぐとか、1950年代くらいの建物だとまだ残っているところもあるんですが、戦前となると、都市においてはほぼ存在しない。たとえあったとしても、博物館的な状態で大切に保管されていて、撮影などとてもできない。ですからなんらかの手を加えないといけない。具体的に言うと、建物は戦前からあるものでも、必ず電気を通すための電線が引かれていたり、雨樋やダクトがついていたりして、専門家が見ると「ああ、これは戦後のものだ」とわかってしまう。

――そういう箇所はなるべく映さないように撮っていったということですか。

黒沢 あとは美術的に隠したりですね。カメラのフレームぎりぎりで切るとか、そういう作業でどうにか撮っていきました。ただそうすると、本当にほんの1メートルですらはみ出せないんですよ。逆側なんてとても撮れない。限られた場所で撮るにはどうするか、常にそういう状態でした。ただ正直言うと僕はそういうの嫌いじゃないんです。

©2020 NHK, NEP, Incline, C&I

――そういう制約があることが、ですか?

黒沢 制約というか、この中だけを作り込んでいくという作業ですね。嘘といえば嘘なんですけど、見えているところだけを完璧に作っていく。その際たるものがスクリーンプロセスですよね。今回はスクリーンプロセスは使っていませんが、市電のシーンでは実際には走っていないものをどうにか走っているように工夫して見せました。大変でしたけど、ああ映画を作っているんだ、というとても純粋な高揚感が、僕だけではない全スタッフにあったように思います。