文春オンライン

2020/10/19

 駅前は東西どちらにも大きなロータリーがあって、客待ちのタクシーもいるような立派なもの。さらに西口にはみんなの旅のお供、東横インまでそびえている。東京郊外の私鉄沿線の小駅というよりは、JRの地方都市といった趣である。

大きなロータリーもある立派な駅前(筆者撮影)
西口からはそびえ立つ東横インがみえる(筆者撮影)

 そしてこの駅にはひとつの特徴があった。橋上駅舎の2階部分西側に「富士見テラス」が設けられているのだ。訪問した日は生憎の曇り空(筆者は雨男なのでほとんど曇ってばかりいるのだ)で富士山など見えようはずもなかったが、よく晴れた冬の日には立派に富士山が見えるとか。さらに冬至前後には夕日が富士山頂に沈んでいく“ダイヤモンド富士”も拝めるというから東久留米の人たちが羨ましい。

季節の良いよく晴れた日には「富士見テラス」から“ダイヤモンド富士”も拝めるという(筆者撮影)

 さて、いつまでも富士見テラスでとどまっていてはまたもやナゾが解けずに終わってしまう。そこでここでもまずは西武鉄道さんにお尋ね。

「開業は1915年で、こちらも正式な記録は残っていないんです……」

 再び立ち込める暗雲。ただ、東長崎と違う点もある。東久留米駅があるのは、その名も東久留米市なのだ。自治体名=駅名なのだ。ここをとっかかりに推測を進めていく。東久留米市の駅だから東久留米駅になったのではないか。

 が、これはまったくの間違いで、東久留米市が誕生したのはちょうど50年前の1970年(駅舎にも50周年記念の横断幕が掲げられていた)。市になる以前は久留米町、さらにそれより前は久留米村といった。東久留米市になった理由は明確で、市のHPにも「町民に親しまれていた東久留米駅から」とある。

50周年を迎えた東久留米市(筆者撮影)

 つまり、もともとは久留米村だったところになぜか“東”がくっついて東久留米駅が誕生し、その駅名を頂いて東久留米市が成立した、というわけだ。ナゾ解明のカギは名付け親の西武鉄道さんが握っているが、それがわからないというのだから手詰まりである。

地名辞典を紐解いてみると…

 そこで、調査の本流に立ち返るべく地名辞典を紐解いた。するとあっさり答えがあった。「市制施行の際、同名市があるため、東京の東を冠す」(『角川日本地名大辞典』)。なんだか市のHPとは微妙に違う主張をしているが、いずれにしても久留米駅ではなく東久留米駅となった理由は先行する久留米駅にあるということだろう。東長崎の“長崎”と同じ、九州の久留米である。

 さすがに間違えないのでは……とも思うが、実際にJR、かつての国鉄の駅名は先行する同名の駅がある場合は区別するために旧国名を冠することが多い。上総一ノ宮、武蔵小金井などがそうだ。また、中には県名をもってくることもある。