昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/10/21

「そもそも僕は笑いを目指していたわけではないから」

――9月1日放送の『クローズアップ現代+』(NHK)では一方的に仕掛けてましたけど。

 太田「としまえん閉園のね。ほんとは田中の方が思い入れがある話題なんだけど、あいつは入院してるでしょ。俺は興味が薄いから、メリーゴーラウンドのエルドラドをラブホですかって訊いたり。中学生の時、バイキングに13回も乗ってゲーゲー吐いた話なんかもしてね。武田アナにはバンバン、スルーされちゃった(笑)」

 太田が連載している『週刊文春 WOMAN』(文藝春秋)の収録での一幕である。もしも田中がいたなら、名捕手さながら全球をキャッチしたはずだ。

 天才肌の太田に対して、田中は努力派である。以前、田中は漫才やコントを演じるにあたっての気持ちをこう語った。

「そもそも僕は笑いを目指していたわけではないから、太田さんが求めるものを受け止められるように努力するしかない。こいつに『違う、ダメ』と言われても、努力してなんとかやるしかないんですよ」

 8月31日、談志と縁深い高田文夫が『ラジオビバリー昼ズ』(ニッポン放送)で田中不在の『サンジャポ』を見て「やっぱりさ、田中は凄いんだよ」とネタの捕球力を激賞していた。同様に10月9日のライブの観客も、繰り出される太田のボケを全弾キャッチする田中の芸に唸っていた。

 古い比喩だが『巨人の星』の主人公・星飛雄馬の魔球を捕れるのは伴宙太しかいなかったように、太田光には田中裕二が必要なのだ。

©️文藝春秋

ネタの“名キャッチャー”としての田中

 田中の復帰ライブ、観客が度肝を抜かれたのは、山田雅人を迎えたエンディングトークの一幕だ。山田は2009年から長嶋茂雄と稲尾和久の名勝負、永六輔や藤山寛美などの人物伝をひとり語りするライブを演じ続けている。今度上演する彼の新作は「太田光物語」というもの。その公演には太田本人も参加するとあって、ゲストに招かれたのだ。

 しかし、山田はただのトークゲストではない。あの上岡龍太郎からも絶賛された上方芸人だが、「日本一絡みづらい芸人」としても知られている。

 山田「今日は僕が心血注いでる『太田光物語』の太田さんと会えて心震えっぱなしなんです。僕にとってはお父さんです、お父さんと呼ばせてください!」

 太田「えー!」

 山田「お父さん、光父さん! ね?」

 太田「(言葉続かずに笑ったまま)」

©️文藝春秋

 自分を褒めちぎりだした山田に対し、太田はただ笑うのみ。いつもの切り返しは完全に封じられた。山田の話芸に馴染みの薄い観客は顔中を笑いじわにしているだけの太田を見つめるだけだ。ほぼ放送事故に陥った刹那、「なんですか、それ!」と鋭くツッコんだのが田中だ。

 田中「山田さん、そもそも来年で還暦で僕らよりも年上じゃないですか(笑)。それでお父さんって!」

 山田「うわあー、田中さん、いいツッコミですねえ。それそれ、これが爆笑問題ですよ」

 田中「ほらあ、(観客へ)これがね、日本一絡みづらい芸なんですよ。ね、太田さん」

 太田「(笑い続けている)」

 田中「もう、こいつ、ツボに入ってる」

 山田「あのね、お願いがあるんですよ、僕。出来るなら二人の脳に住ませてくれませんか? 爆笑問題、面白いから」

 田中「山田さん、芸人に『面白い』って言っちゃダメ! 笑わせるのが芸人」

 山田「えー、だって面白いんですよ」 

 田中「だからダメ! ストップ!」