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2020/10/21

 関東芸人は不文律として相手へ「面白い」と言ってはいけないマナーがある。相手に「面白い」と舞台の上で伝えるのは、ジョークの解説をするようなもので下品なのだ。関西は事情が違い、西川きよしや笑福亭鶴瓶に見られるように、相手へ「おもろい!」と伝えることで敬意と次の話題の梯子を立てかける。東西のギャップはあるのだが、ライブではツボにはまってしまった太田を横に、田中が山田の球を受け続けた。

©️文藝春秋

 田中「山田さんは僕も好きな競馬も語りの芸になさってて」

 山田「名馬テンポイント、悲運の貴公子テンポイント。時は昭和53年、1月22日。場所は雪積もる京都競馬場、第25回日本経済新春杯。前年の第22回有馬記念にて二大ライバル、トウショウボーイ、グリーングラスを斥け……」

 田中「ストップ! はい! テンポイントがそこで脚を折って、ファンが殺さないでと嘆願したという話で。名調子始まっちゃうんで、ホントに困っちゃう(笑)。で、山田さんって、ご両親揃って競馬好きなんだよね」

 田中は己のワールドへ突入しがちな山田を話題に連れ戻しては会場の笑いを誘う。この流れに当惑しながら、相手に合わせつつ強引にリードしていく司会ぶりは『秘密のケンミンSHOW極』(日本テレビ系)でも発揮されている。ライブのトークにおいて終始、山田に対して無力化した太田に代わって、田中が「日本一絡みづらい芸風」を存分に紹介したのである。

 まさに芸人を目指したわけでなかった田中裕二という青年が、太田光という異才の球を受け続けた熟練が際立ったトーク芸だった。

田中のツッコミに見た結成32年の意味

 山田「ホント、今夜の一瞬、一瞬が僕、嬉しいんですよ。ぶっつけ生ライブっていうのは競馬と同じ、先の読めないものだから!」

 太田「うん。山田さんと野球とか趣味が合うよね、コイツとは。博打も大好きだから、やってないのはないだろ。な?」

 田中「ずーっと笑ってたくせに急に何だよ! んー、もう、競馬とか麻雀はあるけど、そんなギャンブル狂じゃねえから!」

 太田「お願いだからやめてくれよ、イクメンなのに博打で逮捕とか。『瀬戸大也に負けじと』なんて」

 田中「やんねえよ、バカ!」

 エンディングトークの幕切れ、日本一絡みづらい山田に手も足も出なかった太田が不意に投げた球。それを慌てて捕球し、目一杯にツッコんだ田中。その姿に結成32年の意味を感じたのは僕だけではなかったはずだ。

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