東京都練馬区の自宅で同居する長男(当時44歳)を刺殺したとして殺人罪に問われ、1審で懲役6年の実刑を言い渡された元農林水産省事務次官、熊沢英昭被告(77)の控訴審が20日、東京高裁(三浦透裁判長)で始まった。1審で罪を認めていた熊沢被告だが、2審では一転して無罪を主張した。そのキーワードは「正当防衛」。果たして、新たな主張は認められるのか。

熊沢英昭被告 ©️共同通信社

2002年引責辞任、農林水産省での実績と悲運

 熊沢被告は岐阜県出身。1967年に東大法学部を卒業し、農林省(現・農水省)に入省。畜産局長や経済局長、審議官などを経て、2000年に事務次官に就任した。

 同省事務方トップに上り詰めた熊沢被告だったが、狂牛病(牛海綿状脳症)の国内上陸を許し、畜産業界を苦境におとしいれたとして責任を追及され、02年に引責辞任することになった。加えて、食肉関係の社団法人への天下り内諾問題で再び批判され、結局、再就職も辞退することになった。事務次官ポストの「円満」退職と、官僚の特権としての「円満」再就職をいずれも逃した熊沢被告は、農水官僚としては最後に大きな悲運に見舞われたといっていい。

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2001年BSE問題の会見で汗をふきながら質問に答える熊沢被告 ©共同通信社

 そんな熊沢被告が殺人事件の加害者として再び社会から注目を浴びることになるとは、誰が予想できただろう。

2019年6月「息子を刺し殺したので自首したい」と自ら通報

 事件は19年6月1日に起きた。同日午後3時半ごろ、熊沢被告が自ら110番通報している。

 「息子を刺し殺したので自首したい。長い経緯がある……。何回も刺し、殺した。もう動かない。3度くらい殺されそうになり、本気でかかってきて……」

 警察官が現場に駆けつけると、長男の英一郎さんが1階和室の布団の上で血を流して倒れており、搬送先の病院で死亡が確認された。現場にいた熊沢被告は殺人未遂容疑で現行犯逮捕される。同居家族は、熊沢被告の妻を加えて3人だった。

 その後、熊沢被告は、英一郎さんの首などを多数回包丁で突き刺して失血死させたとして殺人罪で起訴され、19年12月に東京地裁で1審の初公判を迎えた。殺人事件は一般市民が公判に参加する裁判員裁判で審理される。熊沢被告は、裁判員らを前に「間違いありません」と起訴事実を認めた。