メスが嫌がると伸長するペニス
伸長するペニスが見られたのは、オスの求愛にメスが嫌がりながら移動しているときだった。このとき、オスの体はメスより一回り大きく、体色は少し緑がかっており、メスの体色は赤味がかっていた。そこへ海藻の陰から、もう一匹のアヤアナハゼが現れた。このアヤアナハゼは体が小さく、体色は赤味がかっている。メスがもう一匹現れたと思いきや、求愛中の大きなオスが赤いメスから少し離れた瞬間、このペアの間に割り込み交尾を迫ったのだ。
このとき、小さなオスのペニスは長く伸び、メスの方へくるりと弧を描くように曲がり、メスの腹部を弄(まさぐ)った。ペニスの先端は、メスの産卵口を探しきれず、もたもたしている間に大きなオスに見つかり、追い払われた。
この小さなオスの繁殖戦略は、あまりにも男らしいと思う。というのは、メスが海底から浮かび上がっている不安定な状態では、まず交尾を受け入れないと思われ、さらに隣には大きなオスがいるのである。一瞬でも自分の精子をメスに渡せる可能性は限りなく低い。だめだと分かっていてもチャレンジする、もしくはやってしまう。オスの遺伝子にはこのことが刻まれていて、もちろん人間の遺伝子にも組み込まれているだろう。この遺伝子は有史以来、多くの世の男性を悩ませているかもしれない。ただ、絶対に勝ち目のない相手に挑んでいく行動は、愚かなことと罵倒される一方で、格好良いと賞賛する声も上がる。この賞賛する気持ちもオスの遺伝子の仕業なのだろうか?
産卵とオッパイカイメン
アナハゼの名前の由来で、ハゼについては前述したが、アナはどこから来たのだろうか?
少し調べてみると「アナハゼは海中の岩穴でよく見られるためアナと付けた」という記述を見つけた。しかし、私が海中で観察する限り、アナハゼの仲間は岩穴に入ることはせず、岩の亀裂に身を潜めることすらしない。私がアナで連想できるのは産卵時だ。
アヤアナハゼは真冬の産卵期になると水深4~5mの岩場を渡り歩く。この岩場の垂直な面に海綿動物が多く生息しており、その中の一つに産卵に適した穴の開いている海綿動物がいるためだ。
若い頃、海綿動物と聞いて真っ先に思い起こすのは何を隠そう海綿体だった。「海綿体の勃起」というフレーズを耳にしていたからだ。海綿とはスポンジのことで、あの食器や体を洗うスポンジである。スポンジは多孔性物質のため、ギューッと握った後水中で広げると、たっぷり水を含む。我々におなじみの海綿体は、縮んだ状態から何らかの刺激で血流が良くなると膨らむ仕組みだ。