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DVまがいの激しいキス、何食わぬ顔で我が子を喰らうオス…知られざる魚界の不思議に迫る

『〈オールカラー版〉魚はエロい』より #2

2020/11/02

 海で暮らす生き物は観察が非常に難しく、それだけにこれまで明らかにされてこなかった不可思議な生態を持っている魚が少なくない。求愛、交尾、産卵……人々の創造力ではおよびつかない魚体の神秘は果たしてどのようなものがあるのか。

 魚の生態行動の虜になった水中カメラマン瓜生和史氏による著書『〈オールカラー版〉魚はエロい』より、テンジクダイの奇妙な生殖行為を紹介する。

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メスからの求愛はなぜ少数派なのか? 

 多くの魚はオスがメスに求愛をする。しかし、なかにはメスがオスに求愛する魚もいる。

 テンジクダイの仲間はその少数派で、全てのメスが求愛に積極的だ。

 オスからであろうとメスからであろうと、求愛の目的は繁殖のために異性を確保することだが、求愛する側と求愛される側ではこの行動の価値が大きく異なる。要因は繁殖のために要する労力の差だ。

 卵に比べて精子はとても小さく、生産も容易だ。だから、オスのエネルギーは精子を生産するためだけではなく、他の色々なことにも使われる。

 まず1つ目は、求愛である。例えば、オハグロベラのオスは1日に多くのメスと産卵行動をするのだが、より多く繁殖のチャンスを得るためにたくさん求愛をする。午後になり、産卵時間のピークが差し迫ってくると、卵でお腹を大きく膨らませたメスがオスの縄張り内へ集まってくる。これに合わせてオスの求愛は激しくなり、休む暇もない。頑張るオスは夕方の1時間で数十匹のメスと産卵する。

スジオテンジクダイのメスのキス求愛(手前がメス) ©瓜生和史

 一昔前の原宿か渋谷のナンパ兄ちゃんの比ではない。

 そして2つ目は闘争である。オスは縄張りを守るため、敵対するオスと闘争を繰り返す。いつ領海侵犯が起こるか分からないので、オスは始終スクランブル発進の準備をしている。

 最後に3つ目は体である。体の大きさ、鰭の長さ、体色の派手さでオスはメスに選ばれることが多い。環境に適応し少しくらい泳ぎにくくても、元気で綺麗なオスが選ばれる。

 大きな体を作り、派手な求愛行動をし、縄張りや巣を守り、精子を作る、これが多くのオスたちのエネルギーの使い方だ。

メスから求愛するテンジクダイ

 一方メスは、環境に合った体型で合理的に卵を作る。メスは栄養豊富な卵をたくさん作るため、多くの時間とエネルギーを摂餌に使う。餌を食べているとき捕食者に狙われにくいよう、体色は環境に溶け込む色となり、また地味に見える体色は色づけに無駄なエネルギーを使わないようにしているためだろう。

 それゆえに、卵を生産するためにすでに多くのエネルギーを費やしたメスがオスに求愛をするには、それなりの理由がある。一番大きな要因は、テンジクダイの仲間のオスが、口内保育という卵保護の方法を利用するためである。