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小さな魚も一夫一婦制

 以前、動物行動学の偉い教授から、学生の面倒を見るように頼まれたことがある。学生は卒業論文を書くために、テンジクダイ科の魚類、クロホシイシモチを選び調査することになった。私は学生がダイビングを行うサポートをするのだが、途中で私自身がとても面白くなってしまい、サポートだけでは飽きたらず、一緒に観察をすることもよくあった。

 クロホシイシモチは本州南岸でごく一般的に見られる魚で、よく釣れるが誰も食べないので「キンギョ」と呼ばれ外道扱いだ。全長は8㎝ほどで、数万匹の群れを作ることもあり、潜ると必ず見ることのできる魚だ。

 この魚を、個体識別して観察してみることになった。

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 さすがに何万匹もの個体識別はできないので、産卵期に限られた区域で、ペアになっているものを数ペア選別して観察した(産卵期になると密集した大きな群れは解消され、ペア同士が1mほどの間隔を保ち、縄張りを持つ)。

 個体識別にはコンデジ(コンパクトデジタルカメラ)を使用した。コンデジの性能は日々進化し、とてもよく写るようになったので、これを利用しない手はない。クロホシイシモチを正面から撮影すると頭部にV字のラインが写る。このラインは不規則に波打っていて、1個体ずつ異なるため人間の指紋のように使えるのだ。

クロホシイシモチのV字ライン ©瓜生和史

 クロホシイシモチは繁殖期間中、数回産卵するため、そのたびにペアが変わっているのではないか? と考えていた。

 しかし、写真を解析してみると、繁殖期間中ほとんどのペアが相手を変えず、同じペアでひと夏を過ごしていたのだ。

 日本には厳しい法律があるため一夫一婦が守られているが、これだけ密集する小さな魚が、法律がなくても一夫一婦の社会性を保っているとは驚きだ。

自分のパートナーを忘れない魚たち

 クロホシイシモチは、産卵期が終わると縄張りもペアも解消され、雌雄入り乱れた一様の大きな群れを作る。伊豆海洋公園に生息する群れは鉛直移動し、冬には水深40mまで潜っていることもある。

 翌年、繁殖期になり昨年と同じ海域に戻ってきたクロホシイシモチを個体識別してみると、なんと全く同じペアが寸分の狂いなく全く同じ場所に現れた。

 人の目には個性のない同じ魚種の群れにしか見えないが、彼らはしっかりと自分のパートナーを識別し、さらに広い海底の地理まで把握しているのだ。魚たちの能力にはいつも驚かされる。