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DVまがいの激しいキス、何食わぬ顔で我が子を喰らうオス…知られざる魚界の不思議に迫る

『〈オールカラー版〉魚はエロい』より #2

2020/11/02
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口内保育

「口内保育」とは、卵から幼魚までを口の中で保護することで、テンジクダイの仲間はオスがふ化するまでを担当する。ふ化した仔魚は、オスの口から吐き出され、大海原へ旅立っていく。

 一方、淡水に棲むシクリッドの仲間は口の中で卵をふ化させた後、口の中で幼魚になるまで育てる種がいる。そこで、産卵からふ化までを担当することを特別に「口内ふ化」ともいう。

 通常は雌雄の口の大きさに違いは感じられないが、産卵が近づくにつれオスは大きなあくびを繰り返し、下顎の辺りを引き伸ばしていく。顎が外れてしまったかのように見えるオスの顔つきはペリカンのようで、遠くからでも雌雄の判別はつく。

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 こんなに顎を大きく膨らませたオスの口には、1万粒以上の卵が入っていることがある。あまりの卵塊の大きさに、食事どころか呼吸の心配もしてしまう。

卵保護中のスジオテンジクダイのオス、産卵直後で口から卵がはみ出ている ©瓜生和史

 しかし、オスは健気に口の中で卵塊を転がし、世話をしている。卵保護の日数は水温により変化し、テンジクダイの仲間のオオスジイシモチで5日から17日を要する。伊豆に多く生息するクロホシイシモチでは、2週間くらいのことが多いようだ。産卵当初の卵塊は橙色に見える。これは卵黄の色で発達が進むと卵黄が吸収され、目が出来上がり、たくさんの目がキラキラ輝く銀色の卵塊になる。

 オスは口内保育をしている間、食事をすることができない。相当にエネルギッシュな強い生命力のあるオスでなければ、ふ化までの約2週間をひもじい思いに耐えて仔魚たちを海に送り出すことはできないだろう。

私のキスは痛いわよ

 ある日、出版関係の知り合いから「バレンタインデーなんですけど何かメスが求愛するいい感じの魚はいませんかねー」と軽い感じで問い合わせがあった。

 そこで、打ってつけの魚、スジオテンジクダイを思い出したので紹介した。

 スジオテンジクダイは、当時キンセンイシモチと呼ばれていたテンジクダイの仲間だ。キンセンイシモチは分類が進み、キンセンイシモチとスジオテンジクダイの2種に分けられた。伊豆では両方見られるが、繁殖行動をする多くはスジオテンジクダイである。スジオテンジクダイは全長6㎝ほどの綺麗な魚で、体側のラインが金色に光って見える。