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「食べられてでも一つになりたい」海に暮らす生き物のロマンに満ちた“生殖”行為

『〈オールカラー版〉魚はエロい』より #1

2020/11/02

オッパイにそっくりな“カイメン”

 今日一般家庭で広く利用されているポリウレタンのスポンジがなかった時代は、天然のスポンジを利用していた。どこの海底にも多くのスポンジが生育しているが、天然のスポンジが全て利用できるわけではない。多くのスポンジには、骨片と呼ばれる透明な棘(とげ)がたくさん入っていて、皮膚に刺さると痛く、とても体や食器を洗うことはできない。この骨片は細く繊細なので、皮膚に刺さると、棘抜きでもうまく抜けない。

ダイバーに人気のオッパイ形のカイメン ©瓜生和史

 私は何度も刺されたことがあり、対処法をあみ出した。抜くのを諦めて絆創膏を貼っておくのだ。触れるたびに訪れるチクチクした痛みはなくなり、いつの間にか骨片も消えてなくなるのだ。煩わしい骨片のないスポンジは、地中海や紅海で獲れるごく一部のものだけで、現存量が少ないため高価になっている。

 スポンジは、種類により様々な形をしており、同じ種内ですら、一定の形を呈さないものも多い。

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 以前、女性のオッパイにそっくりなスポンジを見つけた。大きさはGカップほどで乳輪の位置も大きさも完璧だった。あまりに見事だったのでテレビで「オッパイカイメン」と紹介したら問い合わせが殺到し、ダイビングの名所となった。しかし、年月の経過と共に垂れてきてしまい今は熟女好みのオッパイになっている。

穴が開くほど覗いてどうする?

カイメンの様子を伺うアヤアナハゼのメス ©瓜生和史

 話は逸れたがアヤアナハゼは、このスポンジの中から産卵に適したものを選び出す。そのスポンジの外見は、富士山のような山の形で、山頂の噴火口は大きく窪んでいる。スポンジも生物なので代謝をしており、体の表面から海水を取り込むと同時に、栄養分を吸収し噴火口(出水口)から吐き出す。卵はこの出水口の奥に産みつけられる。卵はスポンジの外壁に守られ、新鮮な海水が循環する最適な場所で守られることになる。視覚的に大きな話をしてしまったが、実はこのスポンジの大きさは1cmほどしかない。

カイメンに産卵中のアヤアナハゼ ©瓜生和史

 アヤアナハゼは、このスポンジを見つけると、穴が開くほど穴の中を覗く。何分もかけて行うこの行動は、スポンジの中に異物や卵を食べる生物の有無を確認しているのだと思っていたが、よく観察すると出水口にピタリと目を付けていることもある。穴を覗くとき、目を穴に付けるという行為は当たり前のようだが、この場合目を穴に付けてしまうと蓋になってしまい、真っ暗で何も見えないはずだ。覗き穴は好奇心をくすぐるものだが、アヤアナハゼの覗き行動の真意はどこにあるのだろうか?