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山中のドラッグパーティーで大惨事…「幻覚を見ているのか?」救助隊員が遭遇した若者の奇行

『すぐそこにある遭難事故 奥多摩山岳救助隊員からの警鐘』より #2

2020/11/05

genre : エンタメ, 読書

 車の外にすり鉢と、見たこともない草か木の実がいくつか転がっていた。Y君に「これをすって酒に入れて飲んだのか」と聞くと、「そうです」と言う。

「どこで採ってきたんだ」

「この近くの山で採りました」

「いい加減なこと言うな。こっちは20年もこのあたりの山を駆けずり回っているんだ。こんな実はいま初めて見たぞ。正直に言うんだよ」

「すいません、家の近くの公園で採ってきました」

 怪しいもんだが、それ以上そこでは追及しなかった。

幻覚を見続けていた男性

 午後からは警察犬も頼んで捜索すべく、取りあえず支度を整えて出直そうと林道を下に向かって歩いていると、林道をフラフラ登ってくる男がいた。坊主刈りの頭はリーダーのH君(35歳)と思われた。「H君か」と声をかけると「はいHです。どうなっているんですか」と聞いてきた。「どうなっているのか聞きたいのはこっちなんだよ」と言ってこれまでの事情を尋ねるが、H君も12日深夜以降の記憶がまったくなく、幻覚を見続けていた。今朝になって気がつくと沢のそばに1人で寝ており、山の中を7時間くらいさまよい、やっと林道に出たのでここまで登ってきたという。「みんなは無事ですか」と言うので、「何人でここに来たんだ」と聞くと「5人です」と答えた。人数は間違いないようだ。「いま確認できているのはY君と君の2人だけだ。あとの人は午後から本格的に捜す」と言って2人を車に乗せ下山した。Y君とH君の2人を刑事課に引き継ぎ、午後になって残り3人の捜索を実施した。警察犬も投入し、キャンプ地を中心に沢筋、尾根筋を20人ほどで夕方まで捜したが、他の者の発見には至らなかった。

※写真はイメージです ©iStock.com

恐るべき幻覚作用

 10月14日、早朝から車に乗って捜しに入った遭難者らの仲間が、午前8時40分ころ大栗尾根下あたりの林道を歩いていたS君(32歳)を発見し保護した。S君も記憶が戻ったときは沢の近くに倒れており、幻覚を見ていたという。何を聞いても要領を得ない状況であった。

 残るはあと2人。山岳救助隊は五個班に分かれ、小川谷本流や犬麦谷*3、林道より上段についている仕事道などに入り広範囲に捜索した。私は前田小隊長とカロー谷出合から中段道に入山した。ハンギョウ尾根を大きく回り込み滝上谷を越え、大栗尾根を末端まで下り林道に降りたが、何の手掛かりもなかった。夕方、他の班も下山してきたが同じ結果だった。

*3 犬麦谷
日原川小川谷支流の沢。タツマの大滝やモリ窪瀑流帯などを秘め、沢登りに人気がある。

 林道を下っていくと、朝に保護されたS君も仲間と一緒にいたので、他の2人と会わなかったかと聞いた。「Nと沢のあたりで会いましたが、いつの間にかまた1人になっていました。Nは会えばすぐわかります、額にバカと書いてありますから」。真面目な顔で言っているのだから、これはダメだ。飲んで3日にもなるのに恐るべき植物の実である。