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《天皇賞・秋》GⅠ8勝目を狙うアーモンドアイ 最大の不安材料はシンボリルドルフの呪い⁉

あっと驚くギャロップダイナからサイレンススズカの悲劇まで スーパーホース敗北の歴史

2020/10/30

単勝8820円、あっと驚くギャロップダイナの衝撃

 あとになって思えば、シンボリルドルフにしては急いでいたような気もする。早めに動いて直線の半ば過ぎで先頭に立つと、外からウインザーノットが馬体を並べてきて、ようやく振りきったと思ったとき、さらに外から勢いよく追い込んでくる馬がいた。

 ギャロップダイナ!?

 あのとき以上の驚きはいまだにない。有馬記念でディープインパクトが負けたときも驚いたが、負かしたのはハーツクライである。ギャロップダイナは翌年の安田記念に勝つことになるが、このときはまだ重賞勝ちもなく、13番人気だった。単勝8820円はいまも残る天皇賞(秋)の最高配当である。

85年の天皇賞・秋で皇帝ルドルフはまさかの2着。実況の堺正幸アナが叫んだ「あっと驚くギャロップダイナ」はあまりに有名 

 皇帝ルドルフ、屈辱の一戦——。もし「ルドルフの呪い」があるとするならば、この天皇賞がその源になるのだろうか、などと思った。

オグリキャップはついに天皇賞を勝てなかった

 秋の天皇賞の話を続けると、87年にニッポーテイオーが1番人気で逃げ切ったが、そのあとから1番人気馬は12連敗している。ただ負けたのではない。多くのスーパーホースが、それこそ「呪われたような」敗戦を喫しているのである。

オグリキャップは天皇賞に勝てなかった。タマモクロスに負け、スーパークリークに負け、3度目の挑戦となった90年はヤエノムテキの6着に沈んだ。3度とも1番人気だった。

第二次競馬ブームをけん引したオグリキャプも最後まで天皇賞は勝てなかった(1990年 有馬記念) Ⓒ文藝春秋

 91年にはプレクラスニーに6馬身の差をつけて独走したメジロマックイーンが、スタート直後の斜行によって18着に降着になる“事件”がおきた。祖父のメジロアサマ、父のメジロテイターンは秋の天皇賞馬だが、マックイーンは東京競馬場で勝てなかった。

皇帝の息子トウカイテイオーも父の無念を晴らすことはできなかった(93年 有馬記念) Ⓒ文藝春秋

 92年はシンボリルドルフの息子トウカイテイオーがレッツゴーターキンの7着に負けている。父の雪辱どころか、無敗の7連勝中をつづけていた馬は、春の天皇賞5着につづく連敗という屈辱を味わった。このあと外国の強豪が揃ったジャパンカップに勝ったが、有馬記念では11着と大敗。ジェットコースターのような1年だった。