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秋は寂しい季節 近藤一樹“26アウトのノーヒット・ノーラン”に思いを馳せる

文春野球コラム ペナントレース2020

2020/11/04

 プロ野球選手のその生き様も我々以上に様々で。

 長く第一線に身を置けるもの、華々しく咲いて一瞬で散っていくもの、地べたを這うように歩み続けるもの、花は咲かぬが大地にしっかりと根を伸ばすもの。生きていれば誰だってイチローや松坂大輔のように長く第一線で活躍する役回りを演じたいだろう。しかしプロ野球選手に限らず、100人いれば100人の、1000人いれば1000人の役割が与えられている。以前若月健矢選手からのショートメッセージに「自分は夜道を照らす月のような存在でありたい。」と書かれていたのを思い出し、良い言葉だなと感動したのと同時に、プロ野球の選手でも自分の役割を意識して戦っているんだなと興味深く思ったのを思い出した。

 秋は何となく寂しげになりやすい。ナイトゲームのプレイボール前にすっかり日が暮れる頃になると殊更そう感じるのは、オリックスが毎年この時期には終戦を迎えているからなのだろうか。

「最後の近鉄」と過去にこのコラムでも書いたのだが、岩隈久志、近藤一樹、坂口智隆、彼らの野球人生もどうやら晩秋に差し掛かったようだ。毎年野球ファンに希望と郷愁を運んでくる秋の暮を、今年はより一層強く感じる年になってしまった。秋は何となく寂しげになりやすい。ヤクルトからの公式発表。近藤一樹、自由契約。

近藤一樹

26アウトのノーヒット・ノーラン

 もともとロマンの塊だった。ウエスタン・リーグの公式戦とはいえ走者を一人も出さずに迎えた27人目の打者のツーストライクからの危険球退場。漫画でもそんな展開は誰も予想出来なかっただろう。「26アウトのノーヒット・ノーラン」。そのまま映画にでも出来そうなタイトルだ。

 その翌年の2008年には10勝を挙げ二桁カルテット入り、クライマックス・シリーズではダルビッシュ有(シカゴ・カブス)と投げ合った。その後は度重なる肘の手術で支配下登録を解除され、のちに支配下登録に返り咲くも今ひとつ調子が上がらぬままヤクルトへの移籍。しかし、そのヤクルトではセットアッパーとして大車輪の活躍。本人初のタイトルを獲得するに至る。

 そう言えばまだ彼がオリックスに在籍していた頃、彼のトークショーの裏方を務めた事があった。だいたいの野球選手が私服でファンの前に姿を現す時、嫌味なまでに洗練されたファッションに身を包んでいる事が多い。伊藤光(DeNA)の時などはその容姿も相まって、まるでファッション雑誌の撮影からそのまま立ち寄ったのではないかとすら思えたものだ。だが近藤はパーカーにスニーカー。伊藤のようにデザイナーズブランドのパーカーでは無くスポーツブランドのパーカー。ABCマートに行けば普通に売っているナイキの赤いスニーカー。荒れ球と勢いが魅力の彼の投球には余りに程遠い、ホームベースの周りにピシャリと収めたファッションだったと記憶している。その親しみやすさもロマンを増長させていたのだろうが。