「看護師が見ていなかったから悪化した」
すぐに別室で、主治医から病状の説明が行われました。数年前から誤嚥性肺炎を繰り返しており、今回も治療後に、発熱に至らず症状の出ない不顕在性の誤嚥をしていたのだろう、以前から肺炎を繰り返していたことや高齢であることから、身体の機能自体が限界で急激な悪化となったのだろう、という医師の説明に、息子さんは険しい顔で、「でも、昨日まで歩いていたんですよ。おかしいじゃないですか。噎せてないかどうか、看護師は見てなかったんですか?仕事ちゃんとやってないんじゃないですか?入院したせいでこんなんなっちゃって。可哀想だと思わないんですか?」と次々に問います。
主治医が、嚥下機能は年齢と共に落ち、水や食物を気道から追い出すための「噎せる」動作自体が徐々にできなくなると何度説明しても、息子さんは「看護師が見ていなかったから状態が悪化した」という主張を曲げることはなく、憮然とした表情で「もういいです」と病状説明を切り上げました。
高野さんの病室に戻り、立ち尽くす息子さんの隣で、私は押し黙っていました。
数週間前、救急搬送された高野さんの入院を受け持ったのは私でした。
その時に付き添っていた同居の息子さんは、私が入院までの経緯を訊けば、発熱の数日前から高野さんがどんな生活をしていたのかを詳細に話し、既往歴を訊けば、過去の肺炎や認知症に加えて数カ月前の鼻血や何年も前の捻挫にまで言及し、かかりつけのクリニックへの通院の頻度、好きな食べ物、普段見ているテレビ番組と次々に高野さんのことを話し続け、そして、仕事で自分が家にいない日中に、認知症の彼女をひとりにしたから具合が悪くなってしまったのではないか、という言葉を口にしていました。
高野さんは入院初日の夜、トイレに行こうと、ふらふらと、今にも転びそうな様子で病室から出て来ました。夜勤の看護師が、ベッドから離れるときはナースコールを押してくださいと何度説明してもひとりで歩き出してしまうため、離床センサー(患者さんの動きを感知してナースコールが鳴るようにするセンサー)の使用を開始しました。
入院翌々日くらいに、ご本人がベッドから歩き出そうと起き上がってセンサーは鳴っているけれども、ちょうど他の患者さんの対応で看護師の到着が遅れているタイミングで息子さんが面会に来た、という場面がありました。息子さんは「すぐ来るんじゃないんですか?」とその日の担当の看護師に厳しい口調で問いかけており、看護師の人員体制的に、常にセンサー作動から数十秒で到着するのは困難です、と看護師が伝えても、納得しきれない様子でした。
肺炎が落ち着くのと共にリハビリを行い、歩行が安定しようやく退院、という段階になって起きたのが、急激な状態悪化と挿管でした。