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「あなたたちが変な薬を盛ったんだ」入院患者の家族に責められる看護師たちの苦悩

『医療の外れで』より #1

2020/11/04
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分かってはいても受け入れられない

 意識の無い高野さんを前に、私と息子さんの間に流れていた沈黙は、時間にしたら5分程度なのでしょうが、私にとっては永遠とも思える長い時間でした。カーテンの向こうを、ナースシューズのゴム底の音とスリッパの音、心電図モニターのアラーム、点滴でも刺されたのであろう患者さんの「いたいよお」という悲しげな声が、流れていきました。

「木村さんを責めたいわけじゃないんです」

 震える声で、息子さんが沈黙を破りました。

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©iStock.com

「入院の時、たくさん話を聞いてくれて、嬉しかったです」

「はい」

「10代の頃……もう40年も前になります。父を癌で亡くしました。癌だと診断されて、入院してから亡くなるまで、あっという間でした。父方は親族が多くて、関係が濃密だったこともあって、母も僕も、『お前達がしっかりしてなかったから死んだんじゃないか』ってすごく責められました。それからずっと、母と2人で暮らしてきました。僕は僕で一度結婚したんですけれど、数年で離婚してしまって。僕には母しかいないし、母にも僕しかいないから、何としてでも守らなきゃいけないと思ってきました。

 父の時、夜中に病院から電話が来て、到着した時にはもう息を引き取っていたもので。今日病院から電話が来て、父の時のことを思い出してしまった」

 話しながら、徐々に息子さんの声から怒りが引いていくのを感じました。「母も歳なのは分かっているんですけれど、受け入れられない」という言葉は、掠れていました。

 若い頃の高野さんが工場で働いていたこと、女手ひとつで大学まで行かせてくれたこと、認知症になり始めて、戸惑ったけれどどこか可愛いと思う気持ちもあったこと、そんな話を1時間ほど伺いました。

「先ほどは失礼なことを言ってすみません。長くないのは分かっています。よろしくお願いします」

 最後に息子さんは、そうお話しされました。

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