『日本習合論』(内田樹 著)ミシマ社

 傑作『日本辺境論』を書かれた内田樹師範の日本人を解き明かす壮大な文化論です。この本の腰帯には、

〈外来のものと土着のものが共生するとき、私たちの創造性はもっとも発揮される。〉

 との文字が躍る。好きだあー。外来とか土着とか、共生あるいは創造とかの言葉を繰り出す時、師の文章は演武の型のように美しく、殺気を孕むのです。

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 タイトルの「習合論」とは「辺境論」に続く日本文化論でユーラシア大陸から千切れて浮かぶ弓なりの列島日本。この絶海の孤島は辺境ゆえに古代から浜辺に流れ着いたものを必死に拾い、集め、貯えてきた。そしてそれらを組み合わせ何か新しいものを作ろうとし、思案、生きて来た。で、この「習合」の思案こそが日本なのだ、と師はいう。縄文と弥生、コーヒーと牛乳、カレーと蕎麦、神と仏の習合から大和人、コーヒー牛乳、カレー蕎麦、八幡大菩薩が生まれた。興味深いのは日本人の言葉習慣で毎年、新語・流行語が作られる。こんなトレンドの国は恐らく世界でこの国だけではあるまいか。かつての若者言葉であるが英語と独語を習合し、後ろから見ると美人という意で「バックシャン」。今も日本語と英語を混ぜて、直前の変更を「ドタキャン」と言ったりする。師は言う。

〈氷炭相容(ひょうたんあいい)れざる二原理が、その違和にもかかわらず無理やり相容れてしまったときに、淡水と塩水がまざった「汽水域」のような文化的領域が生成する。〉

 更に、

〈原理が純正であることよりも、とりあえずは「魚がたくさん獲れて、飢餓に苦しまない」ということのほうが人間にとっては優先するんじゃないか。〉

 気合いの入った、生き残るための術理です。合気道とフランスの哲学者レヴィナスを習合する内田師、独壇場の諭(さと)しです。何か無闇に大きな声で「はい!」と返事して、読んでおりました。師は、恐らくコロナ禍以後の来たるべき未来に「純血」や「純粋」の汚れなき世界へ帰れ、と標榜する輩が現われ、浄化を急げと言い出すだろう、そのような世界をひと色に染めようとする者についてゆくな、と喝破される。

 異物排除を正義とする者を静かに無視せよ、と師は声低く教えておられる。師の言葉を証明するように、テニス界で大坂なおみ選手、メジャーリーグでダルビッシュ有投手、相撲界で御嶽海・高安、陸上競技にケンブリッジ飛鳥選手まで枚挙に遑(いとま)なし。これらの若者は皆、習合から得た人材で、師の「習合論」を証明しています。

 師の言葉はポケットに収まり易く、使い勝手が良く、しかも日保ちします。荒野の如き世を生き延びる為の万能ナイフであり非常食。生存の極意の書です。卒爾ながら、「全員集合」とお薦めして、読後の感想と致します。

うちだたつる/1950年、東京都生まれ。神戸女学院大学を2011年に退き、現在は武道と哲学のための学塾「凱風館」を主宰。『私家版・ユダヤ文化論』『日本辺境論』など著書多数。
 

たけだてつや/1949年、福岡県生まれ。俳優、歌手。11月20日に『老いと学びの極意 団塊世代の人生ノート』を上梓。

日本習合論

内田樹

ミシマ社

2020年9月19日 発売