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「結婚に愛はありませんでした」 “中国人毒婦”は、なぜ夫にインスリンを大量投与したのか

『中国人「毒婦」の告白』#2

2020/11/12
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かならず幸せに

〈日本に嫁ぐのに、茂さんからお金が十分送られてこなかったので、私は母と姉から借りました。日本に嫁ぐのに、その旅費を借金するなんてことがあっていいのでしょうか。姉や妹に対し、私の面子はすっかりなくなってしまいました。〉

 詳細は不明だが、旅費をめぐって最初から詩織と茂の間では小さなトラブルがあったようだ。

〈まずは瀋陽の日本総領事館に行ってビザの手続きをしました。そして荷物づくりです。荷物は多かったのですが、洋服は少ししか持ちませんでした。というのも日本では、女性はふだん主に着物を着ていて、そんなに洋服は必要ないと思ったからです。〉

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 中国に在住していたころの詩織は「日本人女性はいつも着物を着用している」と信じて疑わなかったようだ。

©iStock.com

〈姉と妹が私を上海の虹橋空港まで送ってくれました。2人には言い残したいことがたくさんあったのですが、とても言い尽くせませんでした。振り向くと涙があふれてくるので1人走って搭乗口に向かいました。

 私は飛行機に乗ったのが、その日、初めてでした。初体験で感じる興奮と不安と不愉快なことが入り混じっていました。それら、すべての思いが少しずつ消え始めたときに、飛行機は滑走路を走り始め、突然、猛烈に加速しました。そして、ふわりと空に飛び立ったのです。

 やがて水平飛行。今、私の心と体は1万メートルの上空にあるのです。この勢いのいい飛行機は私をどこに連れていこうとしているのでしょうか。天国ですか地獄ですか。

 でも、そのときは、ただひたすら、自分の未来を信じ、かならず幸せになれると思っていました。〉