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10代で「ヒーロー」を諦めた…DeNA新監督・三浦大輔が久保康友に語ったプロとして生きる“覚悟”

文春野球コラム クライマックスシリーズ2020

2020/11/17

「小さい頃の自分の目線からしたら『おお、すげえ! 三浦さんや!』と思いますけど」

 奈良県橿原市。建国の地として知られるこの歴史深い土地は、二人のベイスターズに所縁の深い投手をうみ育んだ。永遠番長、三浦大輔。そして永遠自由人、久保康友。憧れだった地元のヒーローが、同僚になったあの時。久保康友は三浦大輔をどんな選手としてとらえていたのか。あとは公式発表を待つだけとなった三浦“新”監督に、久保が寄せる思いとは。

(左から)三浦大輔、高橋尚成、久保康友 ©時事通信社

「番長を見れば、技術力以外、何もない」

ーー今季ベイスターズはラミレス監督が退任し、新監督として三浦大輔さんの名前が挙がっています。三浦大輔さんと久保さんは同郷ですよね。

久保 そうです。地元のスターですよ。小さい頃「あ、高田商業からプロに行った人いるな! すごいな!」って思ってました。奈良からプロに行くといったら大体智辯学園高校とか天理高校とか、有名なところからなので。高田商業はすごく身近というか、そういうところからプロ野球選手が出るってすごいなと。

ーーまさか自分が同じチームでプレーするようになるとは……という感じでしたか。

久保 小さい頃の自分の目線からしたら「おお、すげえ!三浦さんや!」と思いますけど、同じチームになったら目線が変わるんです、同僚として見るようになる。選手として見るようになる。

ーー選手として見た三浦さんはどういうピッチャーでしたか。

久保 パッと見た瞬間……走ってる姿とか打ってる姿とか見たときに、これはプロ野球選手になる人じゃないなと正直思いました。

ーーそれは三浦さんご自身もよくおっしゃってることですよね。

久保 自覚してるんだと思います。プロ野球選手の中に入ったからこそ。たぶんスカウトの目線で見たら、この選手が生き残っていくには技術力しかないだろうと、そう見えていたと思いますよ。そして三浦さんはその一つの部分をずーーっと大事にして、磨いて。それしか自分が生き残る方法はないって、そうやってあの年まで生き残った人ですよ。

ーーすごいな……。

久保 プロは、運動能力が高い、球が速い、身体がデカい、でも今はまだコントロールが甘い……明らかにプロとして今後大化けしそうな、超一流になれそうな選手ばかりとってるんですよ。他の人とは明らかに違う何かがないと入ってこれない世界。しかし番長を見れば、技術力以外、何もない。

 そして何もないって、この世界ではめちゃめちゃ不利なんですよ。逃げ道が何にもない。それしかないんです。これは現役時代に番長から何度も聞いたんですけど、「速い球は(プロに)入ってすぐ諦めた」と。18歳、19歳ですよ。まだ伸びしろめちゃめちゃあると思うじゃないですか。

ーー可能性しかない年齢だと思います。

久保 周りだって「まだスピード出るはずだから、伸ばせ」って言うはずなんですよ。初めからそんな道を絞っていたら先がなくなるので。伸ばせる能力はどんどん伸ばさなきゃいけないんですよ、プロ野球界って。でも番長はそれを初めからやろうとしなかったと。「いや球遅いし、技術で生きていくしかなかったよ」って結構軽い感じで言ってました。

ーー諦念がすごい。

久保 そうは言ってもプロに入るほどの選手なんで、どこかに慢心があるはずなんです。慢心と向上心、「もっと速い球投げたいな」「もっと速い球投げれるやろ」とか。それをささっと「無理やわ」って捨てたんでしょうね。

ーーそういうレベルの差に愕然としたら、私ならそのままやめてしまいそうです。

久保 いや、愕然として無理だと思ったから、「コントロールやったら俺他のやつよりあるから、俺が生き残っていくにはこれしかないんちゃうか」って思ったんちゃいますか。

「僕の場合は『これ』というものがなかった」

ーー久保さんと共通する部分はありますか?

久保 共通する部分ですか……番長はコントロールという武器が、いや番長なら「自分にはコントロールしかない」っていう言い方をするかもしれませんね。そしてあの綺麗なフォームと、再現性。

ーー再現性とは?

久保 同じフォームで同じところに投げるという、再現性です。プロではすごく大事なことなんです。先発ピッチャーは特にそれが求められる。それができる人なので、番長はそれを磨きまくった。

 僕の場合は、中途半端にまっすぐが……プロに入った頃は140後半から150出てたので、そんなに遅くもない。変化球もそこそこいろんな球種投げられる、特に特徴はないんだけどでもやれそうな選手だと思われていたと思います。でも本質は違いました。

ーー違うというのは?

久保 自分で作ってた部分があります。スピードも、数字上は出せるコツを知っていた。でもそのスピードって、数字に値する威力がないんです。数字で150出ていても、バッターが150と感じない。球質が良くない。だけどまずはスカウトの目に止まらないとプロには入れないし、プロに入っても使ってもらえなければ意味がない。だから例えばスカウトの来る日はそうやってスピードをひねり出す、またスピードが強調されそうな配球にして、力でねじ伏せた感を出す。能力が高い感を出してましたね。

ーー能力が高い感(笑)。しかし自分をどう相手に見せるかというのは、プロとしてとても大事なことなんじゃないかと思います。

久保 バッターとは毎回対戦するので、基本的には両者慣れてくるんですよ。慣れてくるので、そうなると相手の性格とか、こういう待ち方をするとか、そういう駆け引きの部分が大事になってきます。初対面はピッチャーの方が有利だけど、数をこなしてくうちにバッターが有利になってくるんでね。だからどういう風にそれをごまかすか、僕はそれをずっとやっていました。

ーー人間ですね。人間の研究。

久保 そう、僕の場合は「これ」というものがなかったから、そういう細かいことを覚えていったんでしょう。

ーー「これといったものがなかった」という久保さんと、「これしかなかった」という三浦さんが、それぞれプロとしてここまで大成するというのも、野球の面白いところだと思います。

久保 そうですかね。だって子供にとってのヒーローって、球速い投手ですよ。でも自分はヒーローじゃないとわかって、気づいて、現実に向き合っただけで、悲しい姿ですよ(笑)。