あれはいつくらいのことだったか。たぶん、まだ保育園に通っていた頃の次男が、自宅にあったホッシーパンチを狂ったように打ち鳴らしながら興奮ぎみに言っていた。
「ママ! ほら! ロペスの音がする! ロペスの音がする!」
あの時彼が言っていた「ロペスの音」とは何だったのか。ふと気になって、小学生になった本人に聞いてみたが、全く憶えてないらしい。何が聞こえたの? ホッシーパンチから。
何なの? ロペスの音って。
あの時、ロペスはどんなことを考えていたんだろう
2020年10月31日。ビジョンに映し出されたロペス。その目には涙が光っていた。外国人選手史上初となる日米での1000本安打達成。セレモニーで、コロナ禍で離れて暮らす家族から、MLB時代の同僚から、同じベネズエラ出身の英雄、オマー・ビスケルから、そしてメジャーリーガー筒香嘉智からこの偉業を称えるメッセージが流れると、やわらかな笑顔で泣いていた。いくつものホームランを打ち、いくつものボールを受け止めてきたその大きな手で、涙を拭い、ファンに向けてスピーチする。
「このベイスターズでは6年間、いつもいつもスタジアムをいっぱいにしてもらえて、今年は大変な年ではあったのですが、今日のようにみなさんに来ていただいて、ありがとうございます。そしてベンチにいるチームメイトのみなさん、寒い中最後まで付き合っていただいて本当にありがとうございます」
結果的にロペスの、あれが最後の「I love YOKOHAMA」だった。
2019年8月18日。横浜スタジアムでの広島戦のスタメンにロペスの名前はなかった。私はその日満員みっちみちの1塁側内野席から、背番号2のいないファーストベースを見ていた。夜になってもちっとも涼しくならない8月のハマスタ。九里亜蓮投手の前に為す術もないベイスターズ。0−0、両サイドみっちみちでむっしむしのイッライラの中で、7回、途中出場のロペスが打席に入る。
祈りのようなロペスコールがハマスタを包む。この日全員等しく苦しめられていた九里投手のチェンジアップ、初球だった。ロペスのホームランはいつだって滞空時間が長いから、ファンは歓喜の瞬間までの、世界で一番幸せな焦らしをいっぱい味わえるんだなと思った。ずっと前から決まっていたように、ロペスの打球はレフトスタンドに吸い込まれ、みっちみちでむっしむしのスタンドからイッライラだけが飛んでった。
スタメンを外れていたのは、本調子じゃなかったからかもしれない。しかしロペスはたった一球で、ハマスタの空気を変えた。それは「あきらめるな」と伝えているようにも見えた。