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2020/11/16

source : 週刊文春出版部

genre : ライフ, ライフスタイル, 働き方, 読書

自分の可視範囲は22人

 その証拠が店内にある。客席はおよそ60平方メートルほど。そこに置かれている席は22脚で一般的な喫茶店に比べてかなりゆったりとしている。その分、来店客数は限られてしまうが、「客室乗務員としてサービスをしていた時、自分の可視範囲は22人だと思ったのです。ここで全席が埋まったとしてもお客様すべてに目を行き届かせることができます」

 駅から離れた場所にしたのは、少しでも回転率を上げて、1日の売り上げを増やすことが「はちはち」の目的ではないからだ。何かのきっかけで訪れた人がほっと一息つける場にするには、むしろ人の出入りは頻繁ではない方が良い。そう考えたのだろう。

 店名にある「茶房」は確かにひょんなことから付いた。しかし「はちはち」にはワケがある。テンパパと亡くなった奥様、そして麻衣子さんの誕生日にはすべて8が付く。それで「はちはち」とした。オープンは2018年8月8日。これまた「8」の付く日である。本人は言わないが、相当緻密な計算と思い入れがあって、この店はオープンしているのだ。

©石川啓次/文藝春秋

「一流の機内サービスを提供します」などといった派手な広告を出すこともなく、小さな産声を上げて生まれたはちはちは当初、集客に泣いた。お昼時に入店しても、お客様はまばら。

 内装費として高級車1台分くらいの資金を投じた。「トイレが汚いところに人は寄り付かない」と思って値の張る衛生陶器を買った。下膳されたお皿を洗うキッチンがテーブル席からはもちろんのこと、カウンター席に座ったお客さまからも見えないようにした。そんな細かな注文をしたため、当初の予定よりもかさんだ。

 実際に営業を始めてみると、家賃と食材の仕入れコストで月約50万円がかかった。これは年金と保有する投資信託の配当金で賄う。1日に3万円の売り上げがあれば、共に働くスタッフの給料が賄えると算段したが、当初は仲間うちで「今日の来店客数の目標は4人にしよう」などと、やや自虐的に言っているような状態。仲間の給料は貯金を取り崩して支払った。

時間が経過すればするほど増えるファン

 しかし開店から1年が経って、状況は変わった。新聞や雑誌などで「一流の機内サービスが味わえる店」として取り上げられ、それを読んだ人が訪れるようになった。

©iStock.com

 バラエティ番組への出演も追い風になった。タレントの親が何をしているかを紹介する番組にテンパパは登場、そこではちはちが取り上げられた。それを観た視聴者が来店するようになった。

 何より大きいのは常連客が増えてきたことだ。一流の機内サービスは何度か足を運ぶことで実感できる。お店に通ってランチを注文していれば、そのうち「ご飯は少なめに」と言わなくても、適量が出てくる。コーヒーのおかわりを頼まなくても、すっと注ぎ足される。それなのに代金は450円のまま。そうした人を想う気持ちを基本に置くサービスで居心地の良さを感じ、駅から少し歩くけれどまた行ってみようという気になっている人が増えている。

「この前、すごく嬉しいことがありましたよ。同じお客さまが3日連続でお見えになりました。1日目はお1人で、2日目は旦那さんと、3日目はお子さんを連れていらっしゃいました。接客が素晴らしいと言ってくださいました」とテンパパは笑う。少しずつかもしれないが、時間が経過すればするほどファンが増える。はちはちはそんな店なのかもしれない。