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「開業した喫茶店は僕の老人ホーム」 飯田橋駅から徒歩10分なのにお客が集まるワケ

『ライフシフト』より#3

2020/11/16

source : 週刊文春出版部

genre : ライフ, ライフスタイル, 働き方, 読書

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父らしいなと思ったから

 麻衣子さんが当時を振り返る。「ある時、父から連絡があって、『喫茶店を始めようと物件を探しているのだけれど、なかなか良いのが見当たらなくてねえ』と言われたのが最初でした。父らしいなと思い、『良いんじゃない』と答えました」

 経済報道番組やクイズ番組に出演している時の麻衣子さんは冷静に物事を判断しているように映る。その父親が唐突に「喫茶店を始める。3年間は続けられるだろう」と言ったことに疑問を挟んだり、不安がったりすることもなく、なぜ最も簡単に「良いんじゃない」と言ったのか。

「連絡があった時に、『もう決めているんだろうな』と思いましたし、人と交わることもなく、家でじっとしているのは父らしくないと思ったからです。そもそも父と私は似ているんですよ。他人に相談せず、自分でやることをほぼほぼ決めて報告するところが」

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©石川啓次/文藝春秋

 麻衣子さんがそう語ると、横に居たテンパパが笑いながら同調した。

「麻衣子はね、ある時、唐突に『会ってほしい人がいる』とメールを寄こしたんですよ。ボーイフレンドを紹介するということなのかと思って会ったら、『この人と結婚することにした。相手がスペインに留学するので、自分も付いて行く』と言いました。さすがに驚きましたね。普通は『結婚しようと思うがどうか』『スペインに行こうと思うがどうか』と前もって聞くものでしょう。大事なことでも決めてしまってから報告する。幸か不幸か似たもの親子ですよね」

 テンパパはこうして喫茶店の開業に向けて動き出したが、その経緯は、これまた危うさを伴っているように聞こえた。

「私は生来、いい加減な人間ですから」

 まず、何十件と物件を探した挙句、ようやく「ここだ」と決めた場所は、冒頭にも紹介したとおり、喫茶店経営のセオリーである「駅近」ではない。決め手になったのは意外な理由だ。不動産屋に紹介されて、現在、はちはちが営業をしている物件を見に行った時のこと。内見が終わるとちょうどお昼時で、物件の隣で営業しているお店に入った。そこで食べたランチがことのほか美味しかったからだという。「隣でお店を開けば、あのランチが毎日のように食べられると考えたんです」

©石川啓次/文藝春秋

 お店の名前に「茶房」と付けたのも、考え抜いてのものではないという。物件を決めて業者に内装を依頼した。しばらくして図面が出来上がり、テンパパに見せてくれたが、設計図の右端に「仮称・天明茶房」と書き込まれていた。「茶房という言葉の響きがいいじゃないかと思って、そのままお店の名前の一部にしたんですよ」

「私は生来、いい加減な人間ですから」と言って、テンパパはお店を現在の場所に開くと決めた理由や、店名の由来を面白おかしく話す。その話しぶりがあまりに巧みなので、つい信じてしまいがちだが、真相はおそらく違う。