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「頼むから救急車だけは呼ばないでくれ……」階段で泡を吹いて倒れていたオヤジが、筆者に懇願した理由とは?

『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』#3

2020/11/21

ギターを持って外へ出るイタリア人ミュージシャン

 6階にいる紫色の髪の毛をした通称“紫のババア”もよく分からない人間の1人だ。歳は60を過ぎたくらい。見た目は髪の毛が紫色というだけでれっきとした日本のババアなのだが、国籍がドイツになっている。フロントの劉君に対しては「芸能活動が」などと言っているらしい。

(筆者提供)

 そんな紫のババアは自らのブラジャーやパンティーを5階の共用ベランダに、わざわざドヤスタッフの男たちに見えるように干す。私は「お前セックスしたれや」と皆川さんに言われていたが、ある日こんなことが起きた。

 紫のババアが突然私たちにバナナを1本差し入れした。しかもそのバナナは日本ではあまり見ることのないくらいに太く長く大きく反り返った立派なモノ。先端がなぜか濡れていたため、誰も手を付けなかったのだが、市原さんはそのバナナに躊躇なくかぶりついては、「なんだか生臭いな~」と首をかしげるのであった。

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 4階にはいつもギターを持って外へ出るイタリア人のミュージシャンがいる。こいつがまさに典型的な伊達男の道を歩む人間で、毎晩のようにその辺で拾った日本人の女を連れ込んではセックスをしている。

働いていたドヤの一室。洋室タイプと和室タイプがあった(筆者提供)

 こんな3畳一間の、下の階にはシャブ中はじめ日本の最底辺が巣食うドヤで初めて会った男に股を開くのはどんな気持ちなんだろう。まあどんな場所であれセックスはみんな好きなことなのでいいとは思うが、近くで民泊殺人事件が起きたばかりのことである。(略)

【5月28日】南海ホテルの日常

 もう1人の台湾人スタッフ陳さんから、この日私は衝撃的な事実を聞くことになる。なんでも今は南海ホテルの経営する銭湯で番台をしている前支配人であるおばちゃんいわく、リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件で逃亡中の市橋達也が、我らが南海ホテルに宿泊していたというのである。

「そう、ニュースを見た時にどこかで見たことあるなあって思ったんだけど、南海に泊まっていたのよね」

(筆者提供)

 もちろん宿泊時は偽名を使っていたとはいうが、たしかに市橋だったそうだ。私も市橋の手記は読んだが、「西成は汚くて住めたもんじゃない」というようなことを言っていた。だからこのあいりんでは4つ星ホテルと呼ばれる一流高級ホテル南海を選んだのだろう。

 ちなみに陳さんは南海ホテルに来てすでに10年近く経つという大ベテラン。他にも犯罪者まがいというか、犯罪者はいっぱいこのホテルに泊まっていたそうだ。