筑波大学を卒業後、就職せずにライターとなった筆者が、「新宿のホームレスの段ボール村」について卒論を書いたことをきっかけに最初の取材テーマに選んだのは、日雇い労働者が集う日本最大のドヤ街、大阪西成区のあいりん地区だった。
元ヤクザに前科者、覚せい剤中毒者など、これまで出会わなかった人々と共に汗を流しながら働き、酒を飲み交わして笑って泣いた78日間の生活を綴った、國友公司氏の著書『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)が、2018年の単行本刊行以来、文庫版も合わせて4万部のロングセラーとなっている。マイナスイメージで語られることが多いこの街について、現地で生活しなければ分からない視点で描いたルポルタージュから、一部を抜粋して転載する。
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【5月12日】部屋から注射器
勤務中にも関わらず昼休みになるとこっそりと部屋でグビグビと缶ビールを飲んでいるアル中の芳夫が、高圧洗浄機を持ち出して215の部屋を磨き上げている。ちなみに私と芳夫と九州出身のK太郎は南海ホテルの部屋に社員寮という形で泊まっており、皆川さんと市原さんは近くのドヤに泊まっている。
清掃スタッフにはもう1人、ひとみちゃんという私と同じ年齢くらいの綺麗な女性がいたが、女性にはちょっとプレッシャーになりかねない皆川さんのオラつき具合と、K太郎のネチッこく陰気臭い視線のせいであっという間に辞めてしまった。
「215、なんかあったんですか?」
酒の入っている芳夫に聞いても「いやあ」とか「ああん」としか言わないので、気になることがあればすべて皆川さんに聞くようにしていた。市原さんは関西弁がキツすぎて、内容が入ってこないし、28歳のK太郎はコミュニケーション能力に大きな問題があるようで、話しかけただけでも目が泳いでしまうのだ。
「215のおっさんな、昨日とうとう追い出されたんや。隣の部屋のクシャミだけで怒り狂うからな、たまらず支配人が追い出したんや。結構長いことおったからな、臭くてあの部屋はしばらく使えないやろな」
「へえ、どの人か分からないですねえ」
「結構その辺ウロウロしとるような奴やったで。たまに部屋に掃除入ったんやけど、なんちゅうか気持ち悪い部屋やったで」