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source : 文藝春秋 2012年10月号

genre : ニュース, 社会, サイエンス, 教育

「この世に摩擦がなかったら」

 授業は口頭での講義が主体でした。というのも、わたしは中学1年の頃、小児マヒを患ってしまい、その後遺症で右腕がやや不自由で、板書が得意ではなかったからです。しかし積年の家庭教師のアルバイトで、口頭で説明するコツは会得していましたから、最小限の板書でも、わかりやすい授業ができていたと思います。

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 生徒からは「ロクさん」と呼ばれていました。ノーベル賞を受賞してから知ったのですが、なんでも国語の教科書に載っていた小説の登場人物の名前で、奇行の持ち主だったらしい。授業を聴かない生徒に、チョークをバンバンぶん投げたりしていたらしいのですが、そんなのあの頃は当たり前だったから、いったいわたしはどんな奇行をしたんでしょうね(笑)。

 一方、鮮明に覚えているのは、ある期末試験の問題です。

「もしこの世に摩擦がなかったら、どうなるか。記述せよ」

 さて、皆さんならどう答えますか?

 正解は、「白紙回答」、答案用紙に何も書かないのが合格です。なぜなら世界に摩擦がなかったら、鉛筆で文字を書くことができないからです。

 なぜこんな問題を出したかというと、生徒が自由に考え、アイディアをひねり出すきっかけになるはずだからです。暗記や計算も大事ですが、学ぶことの第一歩は「愉しい」と感じられることです。

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 たとえばいまの中学生には、どんどん理科の実験をしてもらいたい。実験をすると、「こうしたらどうなるんだろう?」と能動的に考えられます。あの頃の栄光学園は戦後間もない設備不足もあって、実験授業はあまりできなかったのですが、いまの子どもたちには自ら試行錯誤する喜びを少しでも多く体感してもらいたいと願います。

 さて、先ほどの期末試験の結果です。一所懸命考えた回答はたくさんありましたが、正解の「白紙回答」はたしか3名くらいでした。もっとも、その中には、何も考えが浮かばず、文字通り「白紙」で出すしかなかった生徒もいたかもしれませんねえ(笑)。

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