まとまらないルール
その間も野口修は、スタジアム側とルールに関する協議を続けた。
「投げ」と「頭突き」の採用は、黒崎健時が言い出したことだが、この頃になると、黒崎が憑依したように修自身の主張にもなっていた。話し合いは平行線を辿った。
ある晩のことである。プロモーターのテンブンが「たまには食事でもしよう」と修を誘った。向かったのは馴染みの日本料理店である。
舌鼓を打ちながら「ルールのことがなければ、楽しい夜なんだがな。本音では認めてもいい。ただ、この店みたいに日本式ならね」とテンブンは軽口を飛ばした。
「そのときだよ。『あ、これだ……』って閃いたんだ」(野口修)
試合は2月12日に正式に決まった。
3日前、野口修はバンコク市内のレストランで行われた、大会のレセプションに出席した。
懸案となっていたルールだが、通常のタイ式ボクシングのルール(1ラウンド3分・2分のインターバル)に、「投げ」と「頭突き」を認めるという、折衷案の特別ルールが発表された。
つまり、日本側の言い分が全面的に認められたのである。タイ式ボクシングが変則ルールを認めるのは異例のことだ。
野口修はこう宣言した。
「3日後に行われる大会は、記念すべきもので、歴史に残るものになるのは、間違いないでしょう。そこで、私はこの大会を新たに作った競技として、『キックボクシング』と名付けることにします」
和製英語
日本人が英単語をつなぎ合わせたり、微妙に言い換えたりすることで、実際の英語らしく作った言葉を、和製英語という。
「ガソリンスタンド」「ナイター」「ベッドタウン」……いかにも、それらしく用いられるこれら和製英語が、英語圏の国で用いられることはまずない。日本語の解釈の範疇で作られたためである。
そんな中、実際の英単語と同様、本来の意味の通りに使用されているものもなくはない。
その代表的な一つが「キックボクシング」である。意味が明快なことと、競技自体が欧米でも広まったことが理由として挙げられる。
名付け親は、野口修である。
《[Kick boxing] キックボクシングは動きの速い格闘技で、ボクシングの技と武術(主に空手)のけりを組み合わせたもの。伝統的なタイ式ボクシング(ムエタイ)やフルコンタクトに似ているが、キックボクシング自体は1966年に野口修が考案したスポーツである。勝敗は、ノックアウト、あるいは相手への打撃で獲得したポイント数によって決まる》(『スポーツ大図鑑』レイ・スタッブズ編/ゆまに書房)
上の記述に「1966年に考案した」とあるが、実際は1964年2月のバンコク決戦が、キックボクシングのスタートだったのだ。