「ノスタルジックラーメン」の行方
『萬福』の久保さんは「家業」として店を継いだが、親や祖父から継いでくれとは言われなかったという。しかし久保さんは自分の意思で店を継いだ。萬福百年の歴史が途切れることはなかったが、これは稀有な例と言えるだろう。
また、『淺草 來々軒』の復活も、日本のラーメンの原点の味を再現するという壮大なロマン。食事情も全く異なる110年も前の味を、現代に再現することは限りなく不可能に近い。
新横浜ラーメン博物館で長年『來々軒』を調査して来た中野正博さんは「30年間の取材や調査の中で、どんな製法だったかとかどんな麺だったかなどは特定出来たのですが、『誰も食べたことのないラーメンを再現』するというのは、実に困難な作業でした」と挑戦を振り返った。
開業して半世紀も経てば、人も店も年老いていく。しかし一度暖簾をたためば、その味を食べ続けてきた人たちの哀しみはもちろんのこと、食文化としてラーメンを捉えた場合にも大いなる損失だ。
今までにない新しい味を生み出すことは確かに難しいが、長年愛されてきた味を守り続けることはもっと難しい。味のみならず製法においても、受け継がれて繰り返されていくことでさらに磨き上げられ、ラーメンという食文化に厚みと深みが加わる。ラーメンならではのその多様性の中に「前衛」や「革新」だけではなく、「継承」や「伝統」も共に在って欲しい。
パリの街角では100年以上も愛され続けているレストランが今も人気を集めている。京都にも数百年の歴史を刻む老舗料亭がある。
ラーメンという世界に誇るべき日本の料理が、フレンチや和食と肩を並べるためには、トレンドを追いかけるラーメンや、ファストフード化したマスプロ的なラーメンだけではなく、代々受け継がれていく老舗の作るラーメンが不可欠だ。だから私は職人が作る昔ながらの「ノスタルジックラーメン」をこれからも追いかけていきたいと思う。