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「映画とは画面に映っているものがすべて」 蓮實重彦門下の監督たちが活躍する‟コワい理由”

立教大「映画表現論」で学んだ真実

2020/11/17
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蓮實と監督の対談はまるで「口答試験」

 この態度は、映画監督になった教え子たちに対しても変わらない。新作公開のたびに、蓮實と監督の対談が雑誌で組まれることも多いが、そのやりとりはどこか口答試験のような趣きで、ときに緊張感すら漂ってくる。

黒沢清監督と蓮實重彦氏 ©文藝春秋

『スパイの妻』公開に際しての対談(※5)でも、蓮實は黒沢に具体的な質問をいくつも投げかけた。たとえば、最初のほうで東出昌大演じる憲兵が、高橋一生演じる貿易会社の社長を訪ねてくる場面について、《東出さんが窓際に立っているときに、高橋さんの頭が画面に映るじゃないですか。あれはいいんですか?》と訊く。これに対して黒沢は《いや……そこは失敗かもしれません》と、東出の背が予想以上に高く、撮影現場の天井も低かったため、カメラに収めるのに苦労したと打ち明けた。

「スパイの妻」ティザービジュアル

 ここで東出を座らせてしまえば、背の高さは気にならなくなることはわかっていた。だが、そうなると向かい合って話す2人を、1人ずつカメラを切り返して撮らねばならない。この手法は、黒沢に言わせると手早く撮れるものの、「うわ、向き合ってる」という強烈な印象があるだけに、あまり何度も使いたくない。あとに出てくる高橋と妻(蒼井優)の自宅での食事シーンは、切り返しで撮ると最初から決めていた。そのため、くだんの東出と高橋の対話シーンは、《「いや、切り返しはまだ出すまい、出すまい」と無理した結果ああいう形になってしまいました。自分のスタイルにこだわり過ぎた為の失敗です》と黒沢は認めている。

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 そもそも黒沢が、人が向かい合った状態を撮る難しさを教えられたのも、大学の授業においてだった。蓮實から「映画は、向かい合っている2人の人間の視線は撮れない」と言われ、その瞬間は「ええっ!?」と唸るだけで意味がわからなかったが、自分で撮り始めてようやくわかってきたという。