金銭面での不満
詩織にいわせれば、茂が気付いていたかどうかは別にして、日本に戻りたくない明確な理由が3つあったという。しかし中国の家族に心配をかけたくないので、そのことは一切口にしなかった。
ひとつめは、なんといっても「殺人放火事件」で警察の厳しい取調べを受け「心に大きな傷」を負ったことだ。
ふたつめは金銭面での不満だ。
茂は詩織の想像を越えて、全てにうるさかったという。中国でのお見合いツアーに行くにあたって、彼は、日雇い労働のような仕事をしながら、唯一人、数百万円の経費を現金で支払った、というのだから、かなりの倹約家であったことは確かだろう。
「俺の金を使っただろう」
これは詩織が中国から戻ってきてからの事だが、茂の倹約家ぶりを示す例として詩織は手記に次のようなエピソードを記している。
〈家計は茂さんがすべて管理し、私はなにひとつお金が自由になりませんでした。
私は工場に勤め、毎月、少しだけお金を稼いでいました。まあ8~9万円はあったでしょうか。ところが、ある日、必要が出来てお金を銀行に下ろしにいくと、下ろせなくなっていたのです。銀行の人に聞くと、印鑑が違うとのことでした。「えーっ、おかしい」。印鑑はたったひとつしかないのですから、間違いようがないのです。銀行員によると、すこし前に印鑑が変えられているというのです。だからお金が下ろせなかったのです。私は本当に頭にきました。
こんなことをするのは茂さんしかいません。私は急いで家に帰ると彼に理由を聞き質しました。彼は「この前中国に帰ったとき、俺の金を使っただろう。あれは当然返すべきものだろう」と怒鳴りました。
私は怒りで気を失いそうになりました。もうこれ以上の我慢は無理です。限界です。私にはまったく収入がなくなってしまったのです。残っていたわずかなお金は彼のものになってしまい、私は一文なしになってしまったのです。
茂さんは、これで安心でしょう。私がお金を持つことを、彼は嫌っていたし、一番恐れていたからです。でも私は本当に口惜しかった。それに自由に遣えるお金がないと、生理用品すら買えません。だからその代用品としてティッシュペーパーを使用したことさえありました。〉