味噌もくそも一緒
警察による暴力団取り締まりが西高東低であることは前述した。巧妙に偽装工作を施されたフロント企業を排除するのは困難を極める。
「警察だってある程度はフロント企業に当たりを付けているはずだ。親兄弟、親戚が代表にいるんだから、疑って当然だ。だけど親兄弟のすべてが暴力団と関わりがあるってわけじゃない。ヤクザの肉親すべてが、みんなフロントってことはあり得ない。真っ白な会社も多いから、味噌もくそも一緒になってて、フロント認定ってのはやりにくいわけだ。怪しいと思っても確たる証拠がなければ人権問題になる。肉親というだけで、今流行の共生者として取り締まることはできない」
西日本の某所では、まったくの別件逮捕で会社の領収書を押収し、一枚一枚丹念にその裏を取る作戦が実施されている。領収書を発行した飲食店を絨毯(じゅうたん)爆撃して、ヤクザが店で飲食したかどうか証言を集めるわけだ。
「敵ながら警察の努力は認めるけど、そう簡単に口を割る店なんてないだろう。あらかじめ口の堅い店にしか行かねぇし、店側だってこの不景気に上得意を失うなんて、本音を言えば嫌に決まってる。それに万が一喋ったらどうなるか……店だってヤクザの怖さは分かってるはずだ。直接、脅し文句なんて言わねぇ。そんな言葉を少しでも吐いたら、いつ爆発するかわからねぇ時限爆弾を抱えるようなもんだ。自殺行為だ。
飲み食いはあくまで紳士的に、そして明朗会計が基本だよ。でも匂わせる。たとえば……連れて行った若い衆がちょっとでもでかい態度をとったとしようや。チンピラ気分の抜けねぇ若い衆はどこにでもいるから、人身御供(ひとみごくう)には困らねぇ。そんな若い衆がいれば、店員の前でぶっ飛ばす。『てめぇ、カタギさんに迷惑かけるんじゃねぇ』ってね、空気で脅すんだよ。あとは警察やマスコミが俺たちを極悪人扱いしてくれるから、それで十分。まったく関係ないところで暴れさせたりね」
暴力団、恐怖のイメージ
親分の証言通り、暴力団が寄生基盤に対し牙をむくことはあまりない。
暴力による威嚇力にリアリティを持たせるためには、他の場所で暴力を行使すれば事足りる。抗争事件はその最たるもので、暴力団同士で殺し合いを演じることによって、一般人はヤクザとの接点の中で、自分たちへの暴力的威嚇力を勝手に想像するようになる。暴力団による突発的な凶悪事件も、暴力イメージ増幅に貢献する。
たとえば末端の暴力団員が覚せい剤を乱用し、一般人に危害を加えたとする。事件の99.9パーセントは、所属する暴力団員の個人的なトラブルであり、組織の意図とは無関係な理由で起きている。表面上、所属組織にとっては迷惑千万な話だ。が、こうした事件の積み重ねによって、暴力団は自身への恐怖を一般人に植え付けていく。殺人事件を起こさない暴力団など、誰も怖がるはずがない。
突き詰めれば、自分の組織が暴力事件を起こさなくてもかまわない。他の地域でこうした事件が起これば、暴力団のすべてが恐怖のイメージを共有できる。