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野球賭博はサービス

 組長の会社は合計40人ほどの職人を抱えているという。ヤクザのフロントとすれば、かなりまともな会社といっていい。もちろん登記簿に暴力団員の名前は載っていない。親族すら会社にはいない。ここまで偽装されたら、フロント認定は難しい。

「俺に言わせればヤクザの看板は邪魔なんだ。まともに仕事していくなら、なんのメリットにもならねぇ。カタギをいじめるなんて論外だ。地元ではとくにそうだ。カタギにはよその土地のヤクザとトラブルを起こしてもらうのが一番ありがたい。話を丸くおさめて感謝され、恩を売れる。若い衆を懲役に行かせる必要もない。ただ、相手がこっちがヤクザだと忘れちまわないよう、社長連中を相手に野球賭博だけは続けてる。儲けはほとんどないんだけど、胴元をやってることで、みんなに俺がヤクザである意識を刷り込んでおくわけだ。野球(賭博)だけで食ってる組織とは違い、すべてみんなに還元してるよ。俺たちなりのサービスってことだ」

(写真はイメージ) ©️iStock.com

 私が1Fで働いていた際も、業者間での野球賭博があった。

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 夏の甲子園のもので、ときおり旅館に顔を出すとオッズがプリントされたコピー用紙が部屋に置かれていた。同僚の親方たちは博奕に興味がないらしく、テーブルの片隅に放置されていたが、胴元が暴力団という可能性はある。

「そんな感じで普段の付き合いを大事にしておく。あちこちに種をまいて『こういう仕事があるんだけど、どうする?』という感じで話が来るのを待つ。きっかけは人夫出しが多い。いろんな会社から、誰かいないか? と頼まれて、自分のところで出来るならうけるし、出来ないなら他の職人を紹介する。

 仕事はほとんど、資格や技術のいらない職種だ。重機のオペレーターがいれば、掃除したり、穴掘ったりするのは誰でもいい。元気で動けるヤツなら誰でも。そういった仕事の要員は、どこの会社でも自分のところでは抱えないんだ。社員を雇えば、保証などもきっちりしなきゃならないから面倒っていうことだ。だから単純な仕事……土木が多いんだけど、そういう人間はどの会社もアルバイトでいいじゃないか、となる。かといって、人を探すのもけっこう手間だし苦労する。大手が嫌がるこういった仕事が、俺たちのシノギのきっかけになる。

(写真はイメージ) ©️iStock.com

『急に10人ほど必要になったんだけど、誰かいないか? 1万円くらい出すから探してくれ』

 という話が来たとする。俺たちなら、たちまちその要望に応えられる。職安に募集を出すより早いし、金もかからない。電話一本ですぐ人間が揃うから、業界にとっても便利なんだろう。