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野村、星野、張本、稲尾、江夏、権藤……戦後プロ野球史の恒星

 で、そのライバルたちとは(面倒なので、ここは野球カード宜しく敬称略で)野村克也、星野仙一、張本勲、稲尾和久、江夏豊、権藤博ら。イチロー、野茂、松坂らのひとつ前の昭和世代で、人気を牽引した戦後プロ野球史の恒星たちです。惑星ではありません。ですので、皆さん、その場に踏み止まり、自ら燃えて光を放つ恒星の如きスターたちでした。

江夏豊選手(右)と握手する山本浩二選手 ©️文藝春秋

 その星雲の中でも特異な、ブラックホールのような存在の野村さんから聞いた話です。捕手である野村さんは常にバッターボックスに立つONの背中と対峙した。野村さんの必殺技は「ささやき」戦法。試合中の敵・味方選手の会話は原則禁止。故に野村は敵選手の背中に一人言をただ呟くのです。あくまで、一人言で、「なんや、直球を待ってんのか」「ええスウィングしとるなあ」「次のボールはカーブや」等々で、この「ささやき」がバットを振り出す直前に、耳に届くため、バッターは声に身体がつい反応してしまうそうで、野村さん言わく、この必殺技で幾人もの新人投手に輝かしき1勝をプレゼントしたそうです。

 この「ささやき」は野村さんにとって単なる間外(まはず)しでなく手間暇かけた情報戦でした。呟きの中には「あの女とはもう別れたんか」という場外で探し当てた貴重な「ささやき」も混じっていたそうです。こう「ささや」かれて、敵選手のバットは空を切ること再々でしたが、この「ささやき」が全く効かない敵こそON、王と長嶋だったそうです。王はバッターボックスに入っての素振りの時は野村さんの「つぶやき」に律儀に応じてくれるそうです。ところが、あの1本足打法で片足が上がると何を「つぶや」いても、叫んでも駄目で、その打球に対する集中力は彼のみ無音のシールドに包まれて在る如く……必殺「ささやき」戦法ははね返されたとのこと。

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 そしてもうひとりの強兵(つわもの)こそ、長嶋。王とは梅桜の対照で長嶋は野村さんの「つぶやき」に答え続けたそうです。バッターボックス・素振り・構えて、ダウンスウィングからバットの芯で捉えてセンターへ抜ける好打(ヒット)。で、一塁へ向って猛走するまで野村さんに対して語りかけて来るそうです。「こっちがおかしくなる」と野村さん。兔に角、ONに対してライバルたちがどれほどの闘志を燃やしていたかヒリヒリと伝わって来る逸話ばかりでした。