――阿部さんが陸前高田に暮らす村上寅治さんにインタビューしている場面では、阿部さんが最初に雑談をしながら「もったいないからもう録りますね」とマイクのスイッチを押す場面も映りますよね。本番の始まる前の瞬間って普通なら目にすることがないし、本当に素晴らしいなと思いました。
小森 始まる前の時間とか、終わった後の時間ってすごく好きなんです。持続している時間がふっと切れる瞬間にそこにいる人たちの関係が見えてくる気がして。阿部さんと寅治さんは、あの収録のあとどんどん仲良くなっていったんですが、初めて会った瞬間がまさにカメラに映っていた場面なんです。寅治さんにはずっと誰かに聞いてほしかった話がいっぱいあって、阿部さんもその話を聞きたくて。寅治さんはあの後亡くなられてしまうんですけど、お二人の関係が始まる幸福な時間を、私自身があのとき見せてもらった気がします。
「亡くなった日に玄関の呼び鈴が鳴ったんだよ」
――新しいお店「味彩」で開店準備をする阿部さんが店の扉を開けた瞬間、ふわっとすごい風が吹きこんで、光もわっと入ってきますよね。あの場面にはびっくりしました。
小森 偶然撮れたものですけど、すごい風ですよね。そういえば阿部さんが一度言っていたことがあって。「亡くなった日に玄関の呼び鈴が鳴ったんだよね。寅治さんが挨拶に来てくれたんじゃないかな」って。あのとき寅治さんが現れたわけではないでしょうけど、阿部さんにとってはあの扉が寅治さんを感じる入り口なんだな、とそんなことを思いながら撮影していました。
――スタジオで一人で作業する阿部さん、という冒頭シーンも素晴らしかったです。
小森 あれが撮影のファーストカットでした。阿部さんの手元を撮りたいと思ってカメラを向けたのがたまたまあそこだっただけですが、そのときにいろんな音が聞こえてきたりして、自分でも忘れられないカットでした。だからやっぱりここから始めようと思ったんですね。
――阿部さんを撮るときは、彼女が何かを見ていたり、誰かの話を聞いてるときの横顔が多いですよね。カメラのアングルは最初から決めていたんですか。
小森 最初は、プレハブのスタジオが狭くてどうやっても横顔しか撮れない、という必然的な理由からでした。でも撮っているうちに、阿部さんがいつもいろんな方向を見ながらお話しされているな、とわかってきた。ああ誰かの顔を思い浮かべているんだなあ、とか、町の方に視線を向けて語りかけているんだなあ、とか。そういう空白の部分が横顔を撮るときに現れる気がして、インタビューのときもあえて少し横から撮らせてもらいました。