『ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く』(室橋裕和 著)辰巳出版

 性病の病院の巨大なネオン看板や陰気な連れ込み旅館、夜になると現れる外国人の街娼たち……。ひと昔前の大久保・新大久保は、JRの駅が二つもありながら翳りのある雰囲気の、裏歌舞伎町の趣があった。

 それが2002年の日韓W杯やその後の韓流ブームで一変し、コリアンタウンとして観光地化する。

 ……といったあたりで認識が止まっている人も多いのではないだろうか。

ADVERTISEMENT

 実は現在、この界隈は多国籍の街になっている。

 本書によると2011年の原発事故で多くの外国人留学生が帰国したため、政府がその穴埋めにとベトナムなどのビザを緩和したのがきっかけだという。

 だから韓国のコスメやフードの店が並ぶ「イケメン通り」も賑わうが、本書のカバーに写る「イスラム横丁」も盛況だ。ここにはムスリムのための食材店や礼拝堂があるのでそう呼ばれるが、ベトナムやネパールなどの店も立ち並んでいる。

 著者はこの多国籍タウンに引っ越し、日常生活を送りながら取材を重ねて本書を書く。だからゴミや騒音などの問題や、急激な変化についていけない高齢者がいることも見逃さない。

スーパーが増える以前の1960年代のよう

 では魅力は何か。「ごちゃ混ぜ感」だと言う。なにしろ焼き肉屋を営むミャンマー人、ベトナム語のフリーペーパーを発行する韓国人がいるくらいである。

 住民の35%が外国人のこの街は「多様性」や「共生」といった、日本の未来を先取りしている。その一方でイスラム横丁の「新宿八百屋」のオーナー(日本人)は、スーパーが増える以前の、1960年代のようだと言い表す。時代性までもが、ごちゃ混ぜである。

 そのためだろうか、誰もが入り込める開放感がある。教会はその象徴のようだ。宇宙人に追われているという人が駆け込んだり、スポーツ選手が隠し子を連れて許しを請いに来たりする。牧師はここを「人間のリアルが見える場所」だと語る。

 そんな新大久保には、異国に日常を作り出すのに必要な衣・食・心(宗教)を求め、多様な人たちが集まる。

 しかし、ここにあるのは、それらばかりではない。

 本書では町なかに置かれる外国語のフリーペーパーや新聞についても書かれる。新大久保はこれらを手に入れやすい街でもある。こうしたエスニック・メディアに目を向けるのは、著者がかつて週刊誌記者を辞めてタイに移り住んだとき、日本語のそれを貪り読んだ経験があるからだ。

 図書館も23言語の蔵書を誇る。しかしそれを快く思わない日本人もいる。それでも館長は多言語化を進めてきた。そのきっかけは何だったのか。月に一度、地元の幼稚園児が来ては好きな本を借りるのだが、その際こんな声があったからだという。「自分の国の絵本がなかったら寂しいよね」。

 人は母国語の文字を求める。そんな人間の根源まで書いたルポである。

むろはしひろかず/1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌に在籍し、10年に渡りタイと周辺国の取材をする。著書に『バンコクドリーム』などがある。

アーバンシー/1973年生まれ。小学生の頃、工場労働者の父親が買っていた「週刊宝石」を手にして以来の週刊誌好き。

ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く

室橋 裕和

辰巳出版

2020年9月11日 発売