昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/11/21

genre : ライフ, , 娯楽, 社会

なぜ繋がっていなかったのか?

 あの微妙に繋がっていない道は何だったのか。深夜に帰宅して早速調べたところ、意外な事実が分かった。国道256号と県道は、やはり繋がってはいた。だが、車道としては12キロも分断されていたのだ。

 それは一体どういうことなのか。私が見つけられなかった“左折する道”は、なんと登山道だったのだ。そこから12キロ、ひたすら山道が続き、その険しい道程を踏破するとようやく車道が現れる。だが、最も驚くべきは、車で走ることなど絶対に不可能なその登山道も、実は国道256号である、ということだった。これぞまさに“酷道”だ。

 
地図アプリに翻弄された結果、真っ暗な峠道を進む羽目になってしまった

 地図アプリで見た県道との微妙な“すき間”は、その登山道の一部が廃れてしまい、もはや道として認識されていなかった、ということらしい。繋がっているとか繋がっていないとか、そんなレベルの話ではなかったのだ。

 道も十分酷いが、それ以上に登山道をあたかも車で通行できるかのように表記する地図アプリも酷い。そこで改めて色々な地図を見比べてみると、それぞれに違いがあることに気付いた。分断区間の12キロを全く表示していない地図もあれば、県道に繋がっている歩道として表記している地図もあった。

現在のGoogle Mapは修正され、左上の256号と右の152号は完全に分断された形で表示されている。しかし、実際は12キロの登山道で繋がっていて、その道も国道256号なのだ

車で通行できない国道に行ってみた!

 国道なのに車で通行できない道。それはいったいどんな道なのか――。居ても立ってもいられないぐらい気になってしまい、次の週末に私は再び長野県飯田市に向かうことにした。

 せっかくなので、今度は国道256号の起点である岐阜市の繁華街からスタートした。目指すゴールはあの県道との分岐点。すなわち、私が見つけられなかった登山道への入り口にたどり着くことになる。

 市街地から郊外、そして山間部を走り、下呂市までは快走路が続く。その後は酷道もあるが、お茶畑が広がり景色が良く、酷道区間としては短いものだった。

国道256号を走る!
お茶畑が広がる景色
徐々に道幅も狭くなってきた

 三遠南信自動車道の飯田上久堅・喬木富田インター付近を過ぎると、センターラインが消えた。山に入るにつれて、道路状況は一段と険しさを増してゆく。道幅は車1台ギリギリで、木々が日光を遮るため、昼間でも薄暗い。

 すると目の前に、突然ゲートが現れた。万事休すかと思われたが、よく見ると通行止ではなく、害獣用のゲートだった。

完全に山道と化してきた
それでも進み続けると……
害獣用のゲートが。車で進めるのはここまでのようだ

 山から猪等の害獣が街に下りてこないよう、設置されたものだ。山道では時おり見かけるが、これが国道本線上に設置されているのは、非常に珍しい。さすが酷道である。