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全住民退去もダム計画が消滅…水没しなかった「悲哀の廃村」無人化から“35年目の世界”

2020/10/24

genre : ライフ, 社会, 歴史

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 福井県の山深い場所に、その集落はある。京都府、滋賀県との県境に近く、県道35号から南に伸びる頼りない一本道しか交通手段はない。都会の喧騒とはかけ離れたこの場所に、かつて9世帯が暮らす永谷集落があった。

 その平穏な村にダム計画が持ち上がったのは、今から40年前の話だ。ダムが完成すれば、集落は水没して消滅する。穏やかな日々を過ごしていた住民たちは、賛成派・反対派に分かれて対立したが、最終的には全世帯が移転し、集落は無人となった――。

“廃村”と化してから約35年が経過した永谷集落(2019年撮影)

 ここまでは、ダム建設の時によくあるエピソードかもしれない。しかし、話はこれで終わらなかった。無人集落となったあと、なんと計画が根底から見直され、結局、ダムは建設されなかったのだ。そして、ダム計画に翻弄され続けた廃集落は、今も山奥にひっそりと佇んでいる。

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11年前に初めて足を運んだ理由

 私が初めてこの場所を訪れたのは、11年前のことだった。廃墟探索が趣味の私は、福井県に、とある廃集落があると耳にした。それが永谷集落だったのだ。

 しかし、正直なところ、最初はあまり現地に行くつもりはなかった。“廃墟マニア”の勝手な理屈だが、時間を掛けて廃集落を訪れても、巨大な工場廃墟のような派手さはなく、廃屋がポツンポツンと点在しているだけだ。

集落の至るところで草木が生い茂っている(以後、特に明記のないものは2009年撮影)
かろうじて原型を留めている建物

 また、学校や旅館のように、かつて不特定多数の人を受け入れていた建物とは異なり、個人宅は外から観察するのは気が引ける部分がある。

 だがその後、ここが廃集落となってしまった経緯、ダム計画に翻弄された過去を知るとどうしても気になってしまい、実際に現地を訪れることにしたのだ。

険しい一本道の先に取り残された廃集落

 永谷集落は全方向を山に囲われており、アクセスするには北側に回り込むしかない。ただでさえ細い一本道は荒れ、舗装も所どころで剥がれてしまっていた。路面の倒木と落石を避けながら、険しい道を進んでゆく。

集落へと続く一本道は荒れ、倒木や落石が道を塞いでいることも
神社もひっそりと残されていた

 なんとかたどり着くと、永谷川に沿って廃屋が点在していた。たった9世帯の集落ではあるが、神社とお寺のほか、公園もあったようだ。その全てが、廃れてしまっている。