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「え、これは何?」

 人の辞書を使って、何をそんなに笑うんだ、と思いました。わたしは、辞書を家に持ち帰り、ぱらっと開いたら自分では引いた覚えのない赤い線が見えました。赤という色は大変なものだ。つい見てしまう。黒だと、そうはいかない。

「え、これは何?」

 と、思ったら「性交」だった。その時の二版の語釈は「成熟した男女が時を置いて合体する本能的行為。」と、ある。もうひとつの赤い線は、「陰茎」「男子の生殖器の一部で、さおのように伸びたりする部分。男根。」と、ある。

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 今は即、画像検索なのかもしれないけれど、昭和の時代の男子中学生は、エロ関係の言葉を辞書でせっせと引いたのです。そして、辞書だって、当然その役目をわかった上で、あの語釈だったのです。時を置いて。

©️文藝春秋

 13歳のわたしは、自力では「性交」「陰茎」は引かなかったと思う。でも、その男子に別に感謝はしていません。その後、引いたのは「白墨」です。学校には黒板があり、先生はチョーク、白墨を使って授業をなさる。辞書に「白墨」はもちろんあった。用例に「赤い―」と、あり、これは「赤い白墨」という意味で、これを見つけた時、「あー、この人、真面目にふざけているよ。他の人は気が付かないと思って、平気で紛れ込ませているのね」と、この辞書の中身というか魂と通じた気になった。

©️文藝春秋

「きっと他にも、こういうことやっているはずだよ。それなら、わたしはちゃんと見つけるからね。その役目は任せて!」と、思うようになりました。それ以来、わたしにとって新明解国語辞典を引く、ということは、なんでも知っていて手ごわくて、強い主張を持つ年上のおじさんに、「このこと、新解さんはどう思っているの」と、考えを聞く、ということになりました。