昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/11/27

 古関たちが訪問したときはまだ観光客も少なく、寂しい雰囲気だった。それでも、ヒット曲のメロディーを生み出すのに十分だった。「あのひっそりとした潮来や静かな木々の影を映す狭い水路を思い浮かべると、私にはすぐにメロディーが浮かんだ」。古関は、取材から約1週間後、高橋から歌詞を渡されたときのことをそう振り返っている(前掲書)。

 この水郷がなければ、昭和の大ヒットメーカーも芽が出ず、歴史に名を残さなかったかもしれない。

“久志”の実家にある「豪華すぎる別荘」

 つぎは、福島県本宮市へ。ここは、久志のモデルとなった、伊藤久男の故郷。その生家のほか、大地主であった父・伊藤弥が整備した、約10万坪の庭園が残されている。現在一般公開中の、「花と歴史の郷 蛇の鼻」がそれである。

 四季折々の花が咲き誇る庭園も見事だが、やはり見るべきは、高台に建てられた、蛇の鼻御殿。伊藤弥は、天下の銘木を集め、約10年もの歳月を費やして、この豪華絢爛たる別荘を明治末期に築いた。現在、国の登録有形文化財に指定されている。

蛇の鼻御殿(2020年11月撮影)

 立派な欅の一枚板が2階の廊下に使われているのは序の口。樹齢約600年の山葡萄は落掛に、樹齢約400年の枇杷は床柱になり、黒紫色の縞が美しい黒柿は、階段や落掛だけでなく、トイレの床にさえ惜しみなく使われている。

狩野派の襖絵、明治の元勲の書……

 このような木材は、今日いかに大枚を叩いても入手しがたい。贅を尽くした作りに思わず溜息が出る。しかもそこを、狩野派の襖絵、仏具師の彫刻群、そして伊藤博文、三条実美、木戸孝允ら明治の元勲の書が飾っているのである。伊藤久男の実家がどれくらい裕福だったのかが、いやでもわかろうというものだ。

 古関の母方にあたる武藤家も、地元の川俣町では「四方の山は全部武藤家の所有」とうたわれたほどの資産家だったが、邸宅などはほとんど残っていない。その意味で蛇の鼻御殿は、福島の素封家の歴史をいまに伝える、貴重な証言者なのである。