女子校は「良妻賢母教育」から変化したが
この江原教授の指摘に、中学受験塾の社員も大きくうなずき、こう話す。「社会や職場を取り巻く環境がこの数年で大きく転換しました。中学受験生の保護者の大半は現役のサラリーマンですから、学校に求めるものが変化して当然でしょう。女子においては女子校を毛嫌いするトレンドが発生してから久しく、そのため、女子校は工夫をしてイメージチェンジをしてきました。その過渡期に男子校もようやくさしかかっているのでは」
私が女子校教育を取材した2012年頃に、中学受験情報雑誌の関係者からこう聞かされた。「男子校は元々キャリア教育をしてきたからそれでいい。でも女子校は良妻賢母教育からキャリア教育へのシフトをしなくてはならないから努力や工夫が必要だ」
当時は、大学入試改革がとりざたされていなかったので、推薦入試よりも一般入試で大学に入学することが重視され、各女子校はとにかく生徒に勉強をさせていた。キャリアを積むためには学歴が必要で、まずは難関大学へ入れというわけだったが、その流れの中で、女子校はジレンマも抱えていた。
たとえばだ。豊島岡女子の偏差値を大きく伸ばすのに貢献した二木謙一元校長(2003~13年)は、生徒たちを「かわいこちゃん」と呼んだという。人としてかわいげがあることは男女問わず重要で、それを忘れてはならないと教えていたのだ。その様子を当時在校していた卒業生はこう語る。「勉強をしろというわりに、裁縫もさせる。引き裂かれている印象の学校だった」
男子の保護者も“アンビバレントな欲望”を持ち始めた
この相反するものは、女子生徒たちの保護者たちが抱えている欲望でもあろう。「娘には大学に行ってキャリアを積んでほしいけれど、結婚し出産もしてもらいたい」ということだ。
そして、今、このアンビバレントな複数の欲望を、男子の保護者も持ち始めたのではないか。「かつて男子は年収や社会的な地位が高ければ、気の利いた女性と結婚でき、家庭を持てた。しかし、今後は良き家庭を持つためには、家事や育児に協力しなくてはならない――」。独身で過ごすとしても、家事能力や女性への理解は必要だろう。調理室を作ったり、女性の教員を増やしたりする男子校が増えているのも、保護者からのニーズに応えているからかもしれない。
「女子校では『ミッションスクールはお嬢様っぽくて時代遅れ』と宗教色が敬遠される傾向がありますが、男子校は逆なのが興味深いです。芝とサレジオは男子校の中でも人気が安定していますが、前者は仏教、後者はキリスト教と、宗教を基盤としていることが『心の教育が期待できる』とイメージアップにつながっています」(中学受験塾の社員)
女子校の改革の足かせは、「結婚して子どもを産んでほしい」「人としてかわいらしさを忘れてはいけない」という「女性の“役割や美点”を教え込む」という目標だった。それは「勉強させて難関大学に進学させる」とは相容れない部分がある。
一方、男子校ではなにが改革の足かせになりえるのか。ここでは男子校の問題点を見ていこう。