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「若い子は精子もだめになっちゃいますよ」 原発潜入記者が見た、被ばく量ごまかしの“カラクリ”

『ヤクザと原発 福島第一潜入記』より #20

2020/12/06

 30年近くヤクザを取材してきたジャーナリストの鈴木智彦氏は、あるとき原発と暴力団には接点があることを知る。そして2011年3月11日、東日本大震災が発生し、鈴木氏は福島第一原発(1F)に潜入取材することを決めた。7月中旬、1F勤務した様子を『ヤクザと原発 福島第一潜入記』(文春文庫)より、一部を転載する。(全2回の2回目/前編を読む)

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除染しない車両

 裏取りのため、別の業者に当たった。サーベイメーターの小細工を伝えると、業者も東電関連会社の社員もあっさり認めた。

「メーカーの社員や現場監督なら誰でも知ってる。現実的に……作業員はJヴィレッジから出てこれないんです。汚染がひどくて。車もJヴィレッジから出しちゃいけない。一度中に入れたものをそのまま素通りして出すとかって、考えられない。だから今までの値の感覚がみんなおかしくなっちゃってる。流れ作業でスクリーニングして、はいオッケー。みんな汚染してます。かなり。たとえば現場に行くとき履いた靴はもう駄目なんです。毎日新品に履き替えるわけにはいかないけど、自分はサーベイ持ってたんで、1カ月で10足は靴を替えました」(震災当日から復旧に当たっている地元の協力企業社員)

 彼が憤慨しているのは、Jヴィレッジでの車両除染についてだった。

©iStock.com

 建前上、20キロ圏内に入った車両は汚染を計測し、ひどく汚れている場合は敷地内で除染を行うよう決められている。だが、私自身、20キロ圏内に放置されていたトラックが、そのまま外部に出てくる様子を数回目撃している。そのうちの1台は、私自身が引き上げ作業に関わった。

「今日は車両をとりに行くから。バスに乗らないでくれ」

 シルバーのワンボックスカーで20キロ圏内に入った。1Fから10キロほど離れた峠道に深い緑色のメタリックカラーのユニックが停まっていた。最初の死亡事故を起こし、撤退した不二代建設の所有車両で、ガス欠のため2カ月近く放置されていたという。リーダー格のベテラン社員は、持参したポリタンクから軽油を補給し、手慣れた動作で燃料ホースのエア抜きを行った。あっけなくエンジンはかかった。ユニックの助手席に乗り、私はJヴィレッジに戻った。