肉体と肉体がぶつかり合う人類最速のレース、競輪。「KEIRIN」の名で五輪競技ともなった日本発の世界的スポーツでもある。東京五輪では競輪のトップ選手が自転車トラック競技の代表に名を連ね、メダルの有力候補に挙げられている。

 その醍醐味を縦横に語っているのが堤哲氏、藤原勇彦氏、小堀隆司氏、轡田隆史氏である。彼らの著書である『競輪という世界』から一部抜粋して紹介する。(全2回の2回目。前編を読む)

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不滅の大記録

 松本勝明 不滅の大記録1341勝

 1928年3月5日生まれ 1949年デビュー、1981年引退

 競輪の草創期、1949年から30年余りにわたって活躍した松本勝明の通算勝利数は1341勝。不滅の大記録である。ちなみに、現役選手の記録(2019年現在)は、グランドスラム(GⅠ全6レース制覇)を達成した神山雄一郎の872勝。時代の違いを考慮に入れても大変な記録である。野球でいえば金田正一の400勝、王貞治の868本に匹敵する数字だろう。将来的にこれを上回る勝利数はあり得ないといわれている。

 松本にデビュー当時の話を聞いたことがある。

 医者になろうと思って、旧制京都府立一中(現・洛北高校)から京都府立医大を受験したが、2年連続で失敗。「医者にはドイツ語が必要」と受験した東京外事専門学校(現・東京外国語大学)ドイツ語学科に合格した。入学前の4月29日の天皇誕生日。近くの漬物屋のご隠居さんに誘われて京都淀競馬場へ行ったのが、進路を変更するきっかけとなった。

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 天皇賞は、前年のダービー馬・一番人気のミハルオーが制したが、松本の買った馬券は外れた。その時、こんな声を聞いた。「競輪の方が取りやすい。明日は横田(隆雄)と柴田(博司)で決まりだ」。

 翌日、ご隠居さんと西宮競輪へ。初めて見る板張りの300メートルのバンク。「まるでサーカスのようだった」と松本。予想通り横田―柴田が来て、500円が600円になって戻ってきた。同時に1着賞金8000円、レースによっては1万2000円と聞いて「競輪ってボロい」と思った。帰りの阪急電車で、京都に帰る競輪選手・江尻義夫(京都)と乗り合わせたのも運命を感じる。500円を払えば学生でも誰でも選手登録できることを知った。アマチュアでの選手経験は全くないけれど、学資ぐらいは稼げるだろうとアルバイトのつもりで登録することにした。