自身が出走するレースでわざと着順を落とし、高額配当を演出。そのレースの舟券を親戚経由で購入するという八百長事件……公営競技において絶対にあってはならない事件が明るみに出てボートレース界には大きな衝撃が走った。

 事件の中心人物は全盛期年間2500万円ほどの賞金を稼いでいた一流選手。お金に困ることなどないように思われるが、どうして八百長に手を染めることになったのか。元競艇選手西川昌希氏の手記『競艇と暴力団「八百長レーサー」の告白』より、そのきっかけを紹介する。

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「選手が認めやんだらばれへんわな」

 それはジュンと再会した翌年、2016年2月のことだった。

 休みの日、ジュンの家で雑談していたとき、ふとレースの話になった。ジュンはしばしば趣味で舟券を買っているようだったが、なかなか儲からない。

「競艇って当たらんな。なんでガチガチの1号艇が飛ぶんやろな。考えられんで」

 ジュンがブツクサと文句を言っている。俺はそれを聞き流していた。オケラ街道でよく聞く、負けた競艇オヤジの戯言だ。

 ジュンが言っているのは、大本命の選手が3着以内に入らず、高額配当になったレースのことだった。

 6艇のボートが1周600メートルのプールを3周(1800メートル)して着順を争う競艇は、基本的に内枠が有利だ。

 レースの予想においては、(1)選手の実力(2)進入コース(3)エンジン機力の3要素が重要だが、もっとも内側の1コースに実力の高い選手が入れば、8~9割くらいの確率で、その選手が勝つ。ただし、100%ではない。大本命が3着までに入らないと、1着から3着までを着順通りに当てる「3連単」の配当は、ときに1000倍以上に跳ね上がることもある。

「こんなん、飛ぶはずないのにな……」

 ジュンはまだ嘆いていた。「飛ぶ」とは、大本命が4着以下に沈むということである。

 俺は、何の気なしにこう言った。

「飛ぶのが分かってて張ったらおいしいわな」

 すると、ジュンはその言葉に食いついてきた。

「それでも、ようけカネいるやろ。たとえば1を切ったらどうなる?」

「1つ切れば、3連単の買い目は60点になる」

買い目を一つ減らすだけで組み合わせは一気に減る

 6艇が出走する競艇では、3連単の組み合わせは全部で120通り。ファンなら常識の数字だ。もし、1艇を完全に切って残り全部の組み合わせを買うとすれば、買い目の点数は半分の60通りになる。

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 俺が具体的な数字を出すと、ジュンは「なるほど」といった表情を見せ、なおも食いついてきた。

「儲かるんかな」

「さあ。でも俺の場合、イン(1コース)の勝率、9割あるで。飛んだらさすがに60倍はつくやろ」

 要するに、本命となっているインコースの選手がらみの舟券を外し、その他の組み合わせをすべて買った場合、配当が60倍以上つくならば、どの組み合わせがきても儲かる。そういうことだ。