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知られざるマラドーナ 彼は不正義に怒り、いつも「弱者の味方」だった

エミール・クストリッツァ監督が語るマラドーナという男

2020/11/28
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「世界のサッカーが商業主義に入る前の最後の個人主義者」

「2005年の春にスペインの映画会社から、マラドーナを撮ってみないかというオファーを受けた。私は当時、世界のタブロイド紙が彼のことを散々醜く書きたてていたことに怒りを覚えていたんだ。同時に偉大なマラドーナの栄光が世界から忘れられてしまうのではないか、そんな恐怖を抱いていた。そこで私はマラドーナを一人の善良な人間として描く、そんな映画を撮りたかった。ドキュメンタリーだが、フィクションも一部出てくる。断言するが、世界のサッカー界で過去に彼よりもいいプレイをした人間はいないし、これからも出てこないだろう。彼がナンバー1だ。世界のサッカーが商業主義に入る前の最後の個人主義者とでも言おうか」

©️文藝春秋

温厚で、まるで30年来の親友のような印象

 初めて出会ったときの印象をこのように述べていた。

「ブエノスアイレスの彼の家で会ったのだが、最高の人間だった。温厚で、彼に一目会うとまるで30年来の親友のような印象を受けるよ。兄弟のように抱擁したくなる、そんな人間だ。ブエノスアイレスもラテンアメリカの町の中で最も気に入った。私がもう少し若ければ住んだと思う」

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 当時、マラドーナは体調不良を報告されていたが、撮影に際して、クストリッツァがその蘇生を意識していたことが、印象的だった。

「初めて会ったときは体重を20キロほど落としていた。私が凄く嬉しいのは私の作品が、彼が体を回復して正常に戻っていくプロセスの一部になっていることだ。私の作った映画の中で彼が何か話すことによって『今のマラドーナは心身ともに健全だ』と証明できるのではないか。それが嬉しいんだ」

 チェ・ゲバラとフィデル・カストロの刺青を身体に施し、ブッシュ大統領を徹底的に批判する発言などから、反米主義者というレッテルも貼られていたマラドーナだが、クストリッツァはフィルムメーカーとしてそれこそが正義だと評した。