芽生え始めた自由への欲求
詩織は、茂の入院によって、はからずも、自分たちが住む「小田部」という地域での、茂とのふたりだけの生活以外の世界を知ることとなった。日本にも、他の空、他の空気、他の人々の生活がある。そこでは、暗く陰湿にいがみ合うだけではない、闊達に羽ばたける自由がある。
「私はそこに行きたい!」
茂が火傷を負うことで知った茂のやさしさや愛情も大事だが、それよりもさらに詩織の心を虜にした自由への欲求が芽生え始めていたのだ。
「離婚したい!」
〈外の世界には悲しみや涙だけではなく、喜びや笑顔が溢れているのでした。夜は一日の疲れを癒し、家族とともに楽しさを分かち合い心を慰める時間です。子どものいない新婚夫婦なら大切な愛の時間で、荒れ狂う性暴力の時ではないのです。
本来持つべきすべてのものを戦って手にいれるべきだ
籠の中の閉じ込められた私は、飼い主から米と水をもらうことしか知りませんでした。そして雌鳥だった私は卵をふたつ産みました。その上、飼い主には彼と同い歳ぐらいの男性には決して得ることが出来ない快楽を毎晩与えてきました。あらゆることを犠牲にし、あらゆる試練に耐えて妻としての義務と責任を果たしてきたのです。今、私の心の中に、かつて経験したことのない異様な気持ちが昂ぶっています。それが私の心を揺り動かし「目覚めよ」と告げるのです。私は冬眠状態から目覚めはじめました。そして、私は、一番素晴らしい季節、春と初夏を失ってきたのに気づいたのです。思えば悪夢のような10年間でした。本当に長く暗く辛い10年です。だから私は深く深く考え、こう結論を出しました。持てたはずのものを得られなかったのは、私が戦わなかったからだ。真の自由を手に入れるには戦うしかない! もっと深く考えるべきでした。深く考えた結果、私は私が本来持つべきすべてのものを戦って手にいれるべきだと悟りました。
茂さんは火傷が回復するにつれ、また身勝手で一方的なセックスを要求するようになりました。でも、それは、私に苦痛と屈辱を与えるだけです。私は次第に、いらだつようになりました。また、そのほか、あらゆることで、強圧的な要求をしてくるようになりました。
せっかく感じることができた夫婦愛もどこかへ消え、私の心は再び孤独な暗い闇の中に漂うこととなったのです。本当に残念なことです。だから私は毅然とした態度で茂さんにこう言ったのです。「離婚したい! 2人の子どもの親権は私が持つので、できる限りの養育費を出して欲しい!」と。〉