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口実を作ってクスリを受け取りに

 さて話を戻そう。以下、詩織の手記をもとに再現してみる。

 久美子の夫は既に退院しており、当時の家は千葉県成田市。詩織の自宅が太平洋に近い横芝光町だから、直線にして20キロ以上離れており、しかも、久美子には自宅を離れられない事情があった。詩織が久美子の家を訪問するにはなんらかの口実が必要だった。

 2人が相談の結果決めたのは、詩織が本場中国の水餃子を作るのが得意なので、久美子宅を訪れ、彼女や家族に、美味しい水餃子を作って食べさせてあげるというものだった。

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 約束の日が来た。詩織は水餃子の準備をし、久美子の差し向けた車に乗り込んで、成田の久美子の自宅を訪れた。そして皮から水餃子作りを始めた。周りのひとたちは、賞賛のまなざしで詩織の手際のいい水餃子づくりを眺めていたという。水餃子が完成間近になったところで、久美子が小声で「詩織ちゃん」と呼んだ。

©iStock.com

 近づくと、久美子は、押入れから、眼鏡ケースに似たものを出した。ケースの中には万年筆状の注射器があった。それを手にして、左右にひねったり上下にしたりして小声で説明をしたが、詩織には、なかなか理解できなかった。専門用語も難しかった。それでも詩織は見よう見まねで、なんとか手順を飲み込んだ。

 詩織が久美子の説明に集中できなかったのは、久美子の夫や、夫のかかりつけのマッサージ師などが周囲にいて注射器の説明を受けていること自体が、悪企みを暴かれることに繫がると恐れたからだ。

 クスリが入っている小さなガラス瓶を出しているとき、マッサージ師の男性が詩織たちの方に歩いてきた。

 それを、目の端に捉えながら、詩織は久美子に尋ねた。

「1本ですか?」

 クスリの量は「小さなガラス瓶」まるまる1本使うのかと尋ねたのだ。

 すると久美子は首を横に振って「△○×……これぐらい」といって、1センチほど親指と人差し指の間をあけた。

 詩織がうなずくと、久美子はケースとクスリ瓶を素早く詩織のカバンにいれた。餃子が完成し、皆が“旨い旨い”と食べ始めたのを見計らって、詩織は、さりげなく挨拶をしながら、カバンをさげて久美子の家を後にした。

中国人「毒婦」の告白

田村 建雄

文藝春秋

2011年4月20日 発売