「芸能界ってのはさ、『自由もないしもういいよ、こんなキツイの嫌だよ』って思って出ていく人もいれば、『ここでしか生きられない』って居座る人もいる世界。隙あらば自分の居場所は奪われるし、ハッと気づいた時はもう手遅れ。だから僕も、『田原俊彦』をブランドにするために、意外と毎日コツコツやってるんだよね」
そう語るのは、今年デビュー41年目の“永遠のアイドル”田原俊彦。来年2月に還暦を迎えるが、いまなおトップアイドルであることにこだわって人生を謳歌している。時代がアイドルに要求することの変遷を、彼ほど客観的に見つめてきた人はいない。そんな田原俊彦の、知られざる私生活と、「理想のアイドル像」に迫る。
友達は女の子しかいないから
――現在でも美女とのデート姿を度々キャッチされていますね。
田原 もう連載だね。僕は友達は女の子しかいないから。そりゃ男とも飯は食うけど、女の子と飯食ったほうが美味しいじゃない。中年の星になるよ、僕は(笑)。「トシちゃん、楽しそうだな」みたいな。まあそれはそれで、それぞれ楽しくやればいいんじゃないですか、うまくね(笑)。
――ジャニーズ時代は、10年以上完全なオフの日はほとんどなかったと聞きました。当時、女の子と遊びに行こうっていう時はどうしてたんですか?
田原 当時はまだ「THE・アイドル」で、なかなか厳しい時代だったよね。今なんて「お付き合いしてます」とか言っても、下手すると「かっこいい」とか、「幸せになってください」とか賞賛してもらえたりするじゃない。でもあの時代はまだ閉鎖的というか、アイドルが誰かと恋愛するなんてとんでもないっていう雰囲気だったよね。だからこそ僕が32歳で結婚したことも良く思われなかったし。
しかも当時は遊び方の情報とかも入ってこない。だって携帯がない時代だよ、想像できないでしょ? それでも20代の頃はよく合宿所を抜け出して、寝ないで遊んだね。朝の8時ぐらいから仕事して、帰ってくるのは深夜12時。それからポルシェで六本木とかに出動しちゃう。ドラマのセリフも覚えなきゃいけないから、睡眠時間3時間ぐらいだよ。それがほぼ毎日。僕はバブルにおぼれた男だね(笑)。