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有料会員600万人 デジタルシフトに成功したNYタイムズと、凋落する日本の新聞社の“違い”

2020/12/22
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原動力は自己分析と戦略の策定

 話を戻そう。NYTの武器が独自記事にあることを述べたが、どの新聞社も基本的に独自記事を載せようと努力しているはずだ。だから、独自記事を揃えれば有料電子版の購入読者数が増えるというほど単純ではない。ではいったい何が違うのであろうか。

 ここでNYTが電子版で成功するまでの道のりを簡単に振り返ってみよう。先に述べたように、独自のスクープ記事で異彩を放っていたNYTではあるが、2008年、地元ニューヨークを震源地とするリーマンショックで広告収入が激減し、経営危機に陥った。翌2009年には本社ビルを一部売却してなんとか経営危機を凌いでいるが、業績悪化は止まらない。そこで2011年に電子版の有料化に踏み切るものの、すぐに購読者数が伸びるわけではない。それでも2015年7月には100万人を超えている。電子版の有料化からわずか4年での成果だ。その原動力となったのが、自己分析と戦略の策定である。

 イノベーションレポートと題されたその内容は、まさに戦略の定義そのものといえる。

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1.【現状分析】新聞社全体が「紙」の新聞中心に組み立てられていること。デジタルがその犠牲になっていること
2.【あるべき姿】「デジタルでの情報発信」を中心に据え、新聞社全体をリセットして組み直すこと
3.【変革のシナリオ】会社の構造、風土、人事(社員教育、採用、昇進の仕組み)などを変えること

 とNYTがとるべき戦略を明確化したのである。まず現状分析はどこにもありそうなことだ。

 重要なのが現状を否定して、【あるべき姿】と【変革のシナリオ】を進めるという覚悟である。これができたのは、比較的小さな規模であり、強大な新聞配達のネットワークを有するわけでもないという事情もあったことであろう。

©iStock.com

 新聞社に限らず、またデジタル化に限らず、変革で躓く企業は、経営陣にも社員にも共通の兆候がある。それは、

1.そこそこの成功で満足してしまい危機感を持てない
2.ビジネスモデルを思い切って転換することができない
3.会社の構造、風土、人事まで変える覚悟がない

 という兆候だ。10月に亡くなったサムスンの李健煕(イ・ゴンヒ)会長は、1997年の経営危機にあって、“妻と子以外は全て変えろ”という有名なメッセージを幹部たちに発したが、まさにその覚悟がないと会社は変わらない。しかし、これは想像以上に難しい。経営破綻するのではないかという状態まで追い込まれないと組織はなかなか変われない。