のっぴきならない問題を抱えていた後援会支部長
克行被告の後援会支部長の一人は、自宅で受け取った現金5万円の大半を長男にあげた。
法廷で検事が早口で読み上げた供述調書によれば、その男性は地域のボランティア活動に熱心に取り組み、会員が100人もいるスポーツ団体を牽引する一方、地元選出の衆院議員である克行被告から頼りにされ、案里被告の選挙対策にも一役買った。
仲間に恵まれ、人望も厚く、豊かな老後を送っているようにうかがえるが、それは表の顔に過ぎなかった。人知れず、のっぴきならない問題を抱えていたのだ。
検察の取り調べの際、後援会支部長はこう打ち明けたという。
「非常に恥ずかしながら、県外に住む長男は離婚してからしばらく車上生活を送っており、私が毎月5万円の仕送りをしています」
法廷の傍聴席からはため息が漏れた。
きょうび、全国に点在する道の駅やパーキングエリアの駐車場には、マイカーの中でひきこもるように生活する人々が少なからず存在する。その多くは職や家族を失い、「車しか身寄りがない」としている。長男もそういった困難に直面する当事者なのだろう。
2020年の正月、長男に「5万円ほしい」とせがまれた後援会支部長は、克行被告から受け取った5万円のうちの4万円に、手持ちの1万円を足すことで工面し、ゆうちょ銀行の口座に振り込んだという。
法廷で明かされた長男の預金残高は、総額5万円を振り込んだ時点でも6万2960円。おそらく、それが車上生活を支える全財産なのだろう。
複雑な素性が法廷内で共有された。筆者は年老いた後援会支部長が人目をはばかりながらATMに向き合う姿を想像するといたたまれず、深いため息をつかずにはいられなかった。
選挙買収は周囲の人生をも狂わせる
「前代未聞の極めて悪質な犯行で、選挙の公正さに対する国民の信頼を失墜させた」
12月15日にあった案里被告の論告求刑で検察がそう指弾した「令和最初の重大政治犯罪」をめぐる裁判は、2021年も続く。案里被告に対する一審判決は年明けの1月21日にも下るが、克行被告の審理は春ごろまで行われる見通しだ。今後も毎日のように証人尋問が行われ、「汚れたお金」を受け取った100人それぞれの使い道はさらにつまびらかにされる。
中には法廷での証言が報道されて、家族にも余波が及ぶことを恐れ、まるで命乞いするかのように自らの素性を語ることを拒もうとする証人もいる。選挙買収は一度バレたら、強い社会的制裁が与えられ、周囲の人生をも狂わせる。額がどうであれ、平穏な共同体を破壊する一種の暴力なのだ。
河井夫妻が裏金を配った100人のうち40人が「地域の顔役」である地方政治家、60人が一般人だった。証言台に立つのは雲上人でも巨悪でもない。日本中どこの地域社会にもいる凡庸な我々の隣人であり、この事件が日常生活の延長線上に起きた過ちだということを忘れてはならない。