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「誰にでも体を売るわけではありません」女性200人がいた伊香保で見えたコロナ後“色街のリアル”

日本色街彷徨 伊香保温泉#2

2021/01/01
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コロナで体を売ることに

 たまたま、この取材の過程で、タイの現地邦字紙『バンコク週報』の記事に目を通していた。それによれば、韓国とタイはビザ免除協定を結んでいて、韓国には不法就労するタイ人が多く、タイ人の不法就労者は12万人にのぼるという。果たして、エーも不法就労をしていたのか、尋ねてみると、彼女は即座に否定した。そして、今も観光ビザではなく、近くの工場で働いていることもあり、ワーキングビザを持っていると言った。

 それでは、なぜスナックで売春をすることになったのだろうか。

「コロナウイルスの影響で、何ヶ月か工場が閉まってしまったんです。それで働くことができなくなってしまいました」

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 この土地で、家賃3万円、食費を切り詰め、3人暮しで生活費を安く抑えているとはいえ、給料のほとんどを仕送りしていたため、工場が休業してからすぐに生活に窮してしまったのだという。

「1ヶ月、5万円で生活して、残りのお金は全部タイに送っていました。家族の生活費だけではなくて、バンコクで美容院を開きたいという夢があるんです。そのために貯金もしているので、日本では無駄遣いしないように生活していました。工場が閉まってからどうしようと思っていた時に、スナックでの仕事があると知り合いのタイ人から聞いたんです。仕事を選んでいる余裕はありませんでした」

伊香保温泉の様子(2011年、豊川氏提供)

 彼女はタイで、売春はおろかバーなどでも働いたことがなかったという。

「嫌なお客さんはいましたね。私たちも人間ですので、誰にでも体を売るわけではありません。ちゃんと選んで、この人なら大丈夫かなと思ったら、何となく誘っていました。それにしても、日本で体を売ることになるとは思いもしませんでしたし、行きたくないなと思う時もありますが、まだ仕事があって、お金を送ることができたからありがたいと思っています」

 スナックで会ったマリ、インタビューに応じてくれたエー、2人を見る限り、淀みなく英語も話し、タイの教育レベルがあがったことを窺わせた。さらには借金を背負わずとも日本に来られることからも、経済レベルもあがった。ただ、借金を負わされるカンボジア人女性のような存在は伊香保だけでなく、他の地域にもいることだろう。人間は業を小さな背中に背負いながら生き続けている。

 エーは前向きに生きていることから、かつての娼婦のように仄かな暗さを抱えておらず、何となく重たい気持ちにならずにすんだ。

 私は、インタビューに応じてくれたお礼を言って部屋を出た。すでに日は暮れて真っ暗であったが、香辛料の匂いが辺りには漂っていたのだった。